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益田太郎
益田太郎
25年ぶり故郷島根の益田市
石見益田の風土の魅力を痛感。地元益田市の地味美学の追及をライフワークとする民(間)俗学者
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・宗像伝奇教授(むなかた・ただくす) ・マスターキートン
石見人
・森 林太郎・秦佐八郎(はた さはちろう)
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2010年01月27日

まるで天空のお堂!? 一畑薬師堂からの風景(益田市中垣内町)

昨夜ふと考えたのですが、益田市太郎がこれまでご紹介した益田市周辺の(プチ)秘境シリーズは基本的に自動車で行ける場所のみでした。で、このたびの益田市中垣内町の一畑薬師堂は「なんとface08」初の自力(自分の足)で到達した場所だということに今日気がつきました。おかげさまで益田市太郎、今日は生物学的な目も心眼もかなりクリアでございますface17
さて、機能ご紹介した益田市の「一畑薬師堂」未だ誰からも詳しいコンテンツを頂けないので、
今日は(昨日予告したガイドはやめて)
薬師堂の裏の岩の頂きから見えた風景をお届けします。

まずは「空」




季節風に乗った雲icon02がまるで艦隊のように漂っています。標高420メートルの大道山の半分ぐらいの場所とは思えない「高さ」を感じるのは、撮影場所が断崖絶壁の上だからなのでしょうか!?

お次は日本棚田百選の中の一つ平安時代から千年近い歴史があるという中垣内棚田



本当に素晴らしい光景です。益田市の「一畑薬師堂」は(地味に調べたのですが)明治時代にできたそうですが、このロケーションを選んだ方はすごいと思います。

今日はこの辺で!

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この記事へのコメント
もう少し時代がかったものだと思っていました。

そういえば、この祠の謂れについて何も知らなかったことに気がつきました。近所の人に尋ねる機会があれば聞いてみましょう。

以前は、山麓から直線的な参道がありました。勾配がきついので参詣には骨が折れましが、なかなか趣のある道でした。

20年くらい前に、お年寄りが楽に行けるようにと近所の人が自動車で行けるように道路をつくり、そのおかげでかつての参道が閉鎖されたのを覚えています。

この地域は、個人で創建した神社(森林神社)もあるくらい信仰心の強い人が多いので、明治のころに誰か個人的に建てられたものではないかという気がします。
Posted by 石見ふるさと応援団 at 2010年01月28日 21:54
石見ふるさと応援団 様

さすがです!コメントありがとうございます。

行ってみたら最高の場所でした!

車で行けるかどうか…議論(笑)はありましたが、軽トラ(4WD)なら大丈夫でしょう!?
※途中1か所だけ雨水で浸食された場所がありきついかも?

そのあたりは次回ガイド記事にて…

ご見識を感じるコメントありがとうございマスダ!
Posted by 益田太郎益田太郎 at 2010年01月28日 22:04
 本当に絶景ですね!実は亡き祖母が中垣内出身でした。
 小学生の頃、祖母の生家に行ったことはあるのですが、記憶も薄く、この薬師堂も知りませんでした。行ったことのあるのは「大道山」←その昔「黄銅」を採掘していたからこの名前がついたというのは本当でしょうか?採掘跡とか残っているのでしょうか。
Posted by めだか at 2010年01月29日 20:56
めだか 様

お久しぶりです。
コメントありがとうございます!
薬師堂は存在こそ知っていたのですが、行ったのは初めてでした。比較的手軽に登れて、なによりお堂の裏から見える光景は素晴らしいものですよ。

大道山の名の由来と黄銅(鉱)の採掘場所との関連は私も何かの書籍で読んだことがあります。

実はかなり気になっていることなんです。

現地の歴史的資料が少なくなかなか解明(笑)できないことが多いのですが、いつかは鉱山跡とかをルポしてみたいものです。

何か文献とかでご存知のものがありましたら教えてください。

よろしくお願いたします。
Posted by 益田太郎益田太郎 at 2010年01月29日 23:27