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益田太郎
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25年ぶり故郷島根の益田市
石見益田の風土の魅力を痛感。地元益田市の地味美学の追及をライフワークとする民(間)俗学者
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2009年12月14日

犬戻地蔵尊と高津川がつくった地形(津和野町)

今回は久しぶりに高津川の風景情報です。益田市を流れる高津川、その周辺の地形は津和野町日原までは比較的穏やかな感じがします。ですが、津和野町日原から吉賀町までとなると途中何か所か険しい地形を見ることができます。

中でも、国道187号線「犬戻トンネル」の前後は、高津川自体も大きく蛇行している場所でもあり、見た目は緑が生い茂った山々も、一皮むけば(実は)かなりの岩山だろうと想像できます。

このあたりの地形の険しさを、歴史的なモノで実感することができました。

それは「犬戻地蔵尊」です。

毎月数回、益田市から吉賀町の六日市に行く途中はいつも見かけながら通り過ぎていた場所の一つでした。ネット上ではこの「犬戻地蔵尊」を詳しく取り上げたサイトもなく、私も事前情報皆無の状態で訪れた「お地蔵様」です。

場所は、津和野町から吉賀町に通じる国道187号線(通称でしょうか?「ひとはなライン」とルビが…)
吉賀町方面に向い犬戻トンネル、その数百メートル手前左側、石段をあがった所にあります。(案内標識あり)



うわ~!こんな立派な社があるんですネface17

さて、そもそもこの犬戻地蔵…犬戻(いぬもどし)とはどんな意味があるのでしょうか?



社のすぐそばに、「犬戻地蔵尊の由来」という看板がありました。



(以下、看板の記述)


犬戻地蔵尊の由来
犬戻は吉賀川筋交通の難所で、川端から岸壁がそそり立ち、犬さえも恐れて後戻りをするので犬戻しとよばれ、
人は通ることができませんでした。

それで枕瀬側からけわしい山路を登り、そこから円の谷へ下りて通行しておりました。

 すなわちこの地蔵さまは、その頂上に交通の安全を祈願して祀られたもので、その時期は大体寛保三年(1743)
八代将軍吉宗の頃であろうと推察されております。

 この地蔵さまは、交通安全はもとより婦人病や諸病に霊験あらたかで、崇敬者が多く、毎月二十四日のご縁日
や、春秋の大祭には近郷近在から多くの参拝者が訪れます。
 
 この地へは昭和五十八年国道の大改修により遷座したものであります。

  大祭日 四月二十四日
       八月二十四日
  
  昭和六十年十二月吉日 
         犬戻地蔵講


どうやら、この犬戻地蔵様は現在の、この場所ではなくもっと高い場所に祀られていたようですね。

犬戻は吉賀川筋交通の難所で、川端から岸壁がそそり立ち、犬さえも恐れて後戻りをするので犬戻しとよばれ、人は通ることができませんでした。

現在は、


こんな感じで、国道187号線(奥に見えるのが犬戻トンネルその手前に犬戻橋)が通っているので快適に通行できますが、
以前は、相当な難所だったようです。
枕瀬側からけわしい山路を登り、そこから円の谷へ下りて通行しておりました。

実際に昔の人々がどのようなコースを通行していたのかは益田市太郎は知りません。けれども以下の地図(等高線のつまり具合)をみてもこのあたりの地形が通行には相当厳しかったことが想像できますネ。

特に駐車場はありませんが、道をはさんだ反対側に高津川側に、車4~5台分はとめられるスペース(退避場)があります。その際、国道の横断には十分気をつけてくださいネ。
(犬戻トンネル側はカーブになってるんで、吉賀町方面からの車は見通しが悪いです。また、地元の方には飛ばし屋が結構多いんで…念のため)

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この記事へのコメント
凄く分かりやすい生記事なので、ちょっとした講座のようですよ♪

ありがたいことです(*'ー'*)
Posted by 相互リンク先生 at 2009年12月16日 17:50
相互リンク先生さん

コメントありがとうございます。

たまにはきちんとした文で…と思い
投稿したものです(笑)
Posted by 益田太郎 at 2009年12月19日 10:18