2009年11月02日
岸静江国治をご存知ですか!?(益田市 多田町)
岸静江国治をご存知ですか!?(益田市 多田町)…ということで久々に益田市の話題!
しかも、益田市の偉人・有名人シリーズとなると
>>竹藤九衛門(竹田番匠)をご存知ですか(益田市横田町)2009年06月26日以来です。
で、今回取り上げた「岸静江国治(きし しずえ くにはる)」
かのNHKの大河ドラマで島根県の益田市がからむといえば、
最近ではなんといっても「篤姫」
(絡み方は脚本家、田渕久美子先生が益田市出身ということですけど…
)
実は!実際にNHKの大河ドラマのストーリーの中で益田市が舞台になったこと(場所)があるんです!
そのドラマの名前は「花神(かしん)」(原作:「花神 」司馬遼太郎 先生著)です!
で、益田市に関連する、その舞台(場所)は扇原関門(おうぎはらかんもん)俗にいう「石州口の戦い」(現 益田市の多田町)
(といっても私、益田市太郎はここらあたりの日本史は、まるっきり無知蒙昧!当のドラマ「花神」の第何話でとりあげられたのか?もしかして、とりあげられていないかも…
)
でも、当時益田市には「NHK大河ドラマ「花神」の舞台…」って感じの看板が(国道191号線、益田市多田町の入口あたり)あったのは確か
…ということで、
今回は、益田市指定文化財という「岸静江国治の墓」をご紹介します。
(結構長いです(笑))
まずは、「岸静江国治の墓」案内看板
(この看板もカナリいい感じです♪)

益田市指定文化財(昭和46年6月21日)
岸静江国治の墓
慶応二年(一八六六年)六月十六日朝、横田を出発した大村益次郎(旧名 村田蔵六)の指揮する長州軍は九ツ時頃(十二時)扇原関門に迫り開門を要求した。隊長 岸静江国治はこれを拒絶し、僅かな部下と急募の農民と共に関門の守りについたのであった、圧倒的な兵力を誇る長州軍のため、関門は重大な危機に直面したので、国治はまず部下と農民を退去せしめ、唯一人関門を死守するうち不幸敵弾を受け、三十一歳を一期として壮烈な戦死をとげたのであった。
昭和八年 岸静江国治は靖国神社に合祀せられた。
※国治はまず部下と農民を退去せしめ唯一人関門を死守するうち不幸敵弾を受け…
なんとも凄い人が我ら益田市におったもんじゃ!
(感動)
どう考えても勝ち目のないバトルで、
「いらぬ犠牲者を出したくない」とする長としての人格!
まさに「現在の長たるモノ達に 爪の垢でも…」
といいたいところじゃが
ワシとて、本音のところ自信がないぞ!
で、この岸静江国治…石見人にも凄い人物がおったものだ!と一瞬感動したのだけど…
実は!上野国(こうずけのくに)出身…つまり現在の(ほぼ)群馬県出身ということ(残念!)
でも、ワシが付き合ってる会社様のうち2社が群馬県!これも何かの縁じゃのう…
現在の「岸静江国治の墓」の様子

約二十年前に初めてここに来た時は、周辺に木が繁り、昼間でも暗かったような気が…(益田市の元町の実家から「歩き」で来た記憶が…)
今は、こんな立派な道路ができています。

(車で行けてラクチンでした)
【MAP:「岸静江国治の墓」(益田市多田町)】
次回は、「岸静江国治」が戦死した「扇原関門跡」です。
※実は、私、益田市太郎これまで、「岸静江国治の墓」の場所=「扇原関門跡」と思っていました。ですから初めてこの益田市多田町の「岸静江国治の墓」を訪れたときに一生懸命「銃弾」を探しました(笑)
しかも、益田市の偉人・有名人シリーズとなると
>>竹藤九衛門(竹田番匠)をご存知ですか(益田市横田町)2009年06月26日以来です。
で、今回取り上げた「岸静江国治(きし しずえ くにはる)」
かのNHKの大河ドラマで島根県の益田市がからむといえば、
最近ではなんといっても「篤姫」
(絡み方は脚本家、田渕久美子先生が益田市出身ということですけど…
)実は!実際にNHKの大河ドラマのストーリーの中で益田市が舞台になったこと(場所)があるんです!
そのドラマの名前は「花神(かしん)」(原作:「花神 」司馬遼太郎 先生著)です!
『花神』(かしん)は、NHKで1977年1月2日~12月25日に放送された15作目の大河ドラマ。周防の村医者から倒幕司令官に、明治新政府では兵部大輔にまで登りつめた日本近代軍制の創始者・大村益次郎を中心に、松下村塾の吉田松蔭や奇兵隊の高杉晋作といった、維新回天の原動力となった若者たちを豪快に描いた青春群像劇。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
で、益田市に関連する、その舞台(場所)は扇原関門(おうぎはらかんもん)俗にいう「石州口の戦い」(現 益田市の多田町)
(といっても私、益田市太郎はここらあたりの日本史は、まるっきり無知蒙昧!当のドラマ「花神」の第何話でとりあげられたのか?もしかして、とりあげられていないかも…
)でも、当時益田市には「NHK大河ドラマ「花神」の舞台…」って感じの看板が(国道191号線、益田市多田町の入口あたり)あったのは確か

…ということで、
今回は、益田市指定文化財という「岸静江国治の墓」をご紹介します。
(結構長いです(笑))
まずは、「岸静江国治の墓」案内看板
(この看板もカナリいい感じです♪)
益田市指定文化財(昭和46年6月21日)
岸静江国治の墓
慶応二年(一八六六年)六月十六日朝、横田を出発した大村益次郎(旧名 村田蔵六)の指揮する長州軍は九ツ時頃(十二時)扇原関門に迫り開門を要求した。隊長 岸静江国治はこれを拒絶し、僅かな部下と急募の農民と共に関門の守りについたのであった、圧倒的な兵力を誇る長州軍のため、関門は重大な危機に直面したので、国治はまず部下と農民を退去せしめ、唯一人関門を死守するうち不幸敵弾を受け、三十一歳を一期として壮烈な戦死をとげたのであった。
昭和八年 岸静江国治は靖国神社に合祀せられた。
昭和五十二年四月
益田市
益田市教育委員会
益田市
益田市教育委員会
※国治はまず部下と農民を退去せしめ唯一人関門を死守するうち不幸敵弾を受け…

なんとも凄い人が我ら益田市におったもんじゃ!
(感動)どう考えても勝ち目のないバトルで、
「いらぬ犠牲者を出したくない」とする長としての人格!
まさに「現在の長たるモノ達に 爪の垢でも…」
といいたいところじゃが
ワシとて、本音のところ自信がないぞ!
で、この岸静江国治…石見人にも凄い人物がおったものだ!と一瞬感動したのだけど…
実は!上野国(こうずけのくに)出身…つまり現在の(ほぼ)群馬県出身ということ(残念!)
でも、ワシが付き合ってる会社様のうち2社が群馬県!これも何かの縁じゃのう…
現在の「岸静江国治の墓」の様子
約二十年前に初めてここに来た時は、周辺に木が繁り、昼間でも暗かったような気が…(益田市の元町の実家から「歩き」で来た記憶が…)
今は、こんな立派な道路ができています。
(車で行けてラクチンでした)
【MAP:「岸静江国治の墓」(益田市多田町)】
次回は、「岸静江国治」が戦死した「扇原関門跡」です。
※実は、私、益田市太郎これまで、「岸静江国治の墓」の場所=「扇原関門跡」と思っていました。ですから初めてこの益田市多田町の「岸静江国治の墓」を訪れたときに一生懸命「銃弾」を探しました(笑)
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この記事へのコメント
益田在中、恥ずかしながら一度も岸静江が戦死した場所に行ったことが無かったです。今度帰省したときは、鉄瓶を持って墓参りします。
コメントありがとうございました。
太郎さんの記事、いつも楽しく読ませて頂いています。国語が苦手だった私の文章に比べれば、太郎さんが書かれている内容は、面白くて読み応えがあります。すみませんが先に太郎さんのブログをリンクさせて頂きました。どうぞリンクして下さい。画像も使用してよろしいですよ。この鉄瓶の情報を知りたいので、もしそちらで情報を得ることができましたら、お知らせ願えればと思います。よろしくお願いします。
コメントありがとうございました。
太郎さんの記事、いつも楽しく読ませて頂いています。国語が苦手だった私の文章に比べれば、太郎さんが書かれている内容は、面白くて読み応えがあります。すみませんが先に太郎さんのブログをリンクさせて頂きました。どうぞリンクして下さい。画像も使用してよろしいですよ。この鉄瓶の情報を知りたいので、もしそちらで情報を得ることができましたら、お知らせ願えればと思います。よろしくお願いします。
Posted by なまず at 2009年11月02日 08:14
なまず様コメントありがとうございます。
次々回投稿にてリンクと画像の使用させていただきます。
ご許可よろしくお願いいたしマスダ!
それと、最近のなまずさんの投稿を読ませていただいたのですが、ヤフオクのエキスパートなんですね!
パワーセラーと呼ばれる方々のお一人なのでしょうか!?
生(なま)「孫」さんですか…凄いな~♪
本当に素晴らしい!いろいろ教えてください!…おっと、ここら辺りは、なまずさんのブログにてコメントさせていただくべきことでした…(笑)
よろしくお願いいたしマスダ!
次々回投稿にてリンクと画像の使用させていただきます。
ご許可よろしくお願いいたしマスダ!
それと、最近のなまずさんの投稿を読ませていただいたのですが、ヤフオクのエキスパートなんですね!
パワーセラーと呼ばれる方々のお一人なのでしょうか!?
生(なま)「孫」さんですか…凄いな~♪
本当に素晴らしい!いろいろ教えてください!…おっと、ここら辺りは、なまずさんのブログにてコメントさせていただくべきことでした…(笑)
よろしくお願いいたしマスダ!
Posted by 益田太郎
at 2009年11月03日 05:58
at 2009年11月03日 05:582010年3月28日、グラントワ大ホールにて、「石州口の戦い」を描いた「暁の風」と題した舞台があります。時代変革の第一歩が益田の地から始まり、互いに未来の日本を思って戦った渦中の益田人の生き様が見られます。ぜひおすすめの舞台です!
Posted by なかやの次男 at 2010年02月07日 13:03
なかやの次男 様
いつも貴重な情報ありがとうございます。
グラントワ
大ホールで3月28日午後2時
だそうですね(調べてみました)
日曜日だし行ってみたいと思います。
「動けば雷電の如く」ってのを見そびれたんで…
いつも貴重な情報ありがとうございます。
グラントワ
大ホールで3月28日午後2時
だそうですね(調べてみました)
日曜日だし行ってみたいと思います。
「動けば雷電の如く」ってのを見そびれたんで…
Posted by 益田太郎 at 2010年02月07日 14:44



