2009年04月29日
都茂鉱山と比礼振山(権現山)と「大蛇のあと」
益田市美都町の都茂鉱山そして鉱山の神様を祭る神社「佐毘売山神社」。
「佐毘売山神社」は益田市の市街地の東側にある比礼振山(権現山ともいいます、標高358.6メートル)の麓(ふもと)にあるわけですが、 比礼振山(権現山)には都茂鉱山で採掘された鉱石を運搬する道路があったようです。
益田市に、比礼振山(権現山)と都茂鉱山の名前が出る民話に「大蛇のあと」というお話がありました。
「益田の文化を育てる会」さんによる「益田の民話(ますだのみんわ)」
>>http://www.group.iwami.or.jp/bfn/masudanominwa/index.htm
「むかしの乙子の権現さんの道は、都茂鉱山から鉱石を馬で運ぶ道路」…
益田市の美都町には銅精錬所跡となる「大年ノ元遺跡(おおとしのもといせき)」
(参照>>丸山銅山遺跡とは…(都茂鉱山跡探訪シリーズ第4回))
というものがあったはずで、精錬技術は保有していたはずですが、地元(の精錬所)ではなく一体どこの精錬所に運んでいたのでしょうか?
◎大年ノ元遺跡(おおとしのもといせき)に関しては、島根県埋蔵文化財調査センター編集部による「ドキ土器まいぶん」No.18 2002年7月発行に要点がまとめられた記事がありました。
(島根県埋蔵文化財調査センター「ドキ土器まいぶん」は個人的に、島根県の歴史を深く知るためにも、正確かつ、わかりやすい表記(図や画像が多い)でクールな編集物だと思うぞ!
)
想像を膨らませると…他に、もっと大規模な精錬所があった…また、もしかしたら「銀」鉱石があったのかもしれませんね!?(当時は銀の製錬技術はなかったはず)…
(というかこの益田市の民話がいつごろの話なのかは不明なんであんまり奇想天外な空想はできんし
)
(う~ん…これはきちんと調べる必要があるな
あと「権現さんの道に通りかかると眠むとうなったので、大けな「岩」」…この「岩」もきになるのう)
益田市の佐毘売山神社(今年2009年の正月に撮影)

比礼振山(権現山…ごんげんさん)標高358.6メートル)の山頂にある蔵王権現(昨年2008年年末ごろ撮影)

【益田市と「大蛇」】
ところで、
益田市で大蛇といえば、益田市の(プチ)秘境 シリーズで真砂地区の日晩山の山麓にある滝…「蛇瀧伝説」をとりあげたことがあります。
詳しくは>>蛇瀧探検(益田市真砂地区)2009年03月23日
★益田太郎が選ぶ益田市の(プチ)秘境シリーズ>>益田市の(プチ)秘境 シリーズ一覧
【へんしゅう後記】
今回引用させていただいた「益田の民話(ますだのみんわ)」では、キーワード「大蛇」のお話が二つ
「蟠竜湖の大蛇」
「蟠竜湖に浮かんだ大蛇と箸」
どちらも益田市の「蟠竜湖」が絡んでいる所がおもしろいのう。
「佐毘売山神社」は益田市の市街地の東側にある比礼振山(権現山ともいいます、標高358.6メートル)の麓(ふもと)にあるわけですが、 比礼振山(権現山)には都茂鉱山で採掘された鉱石を運搬する道路があったようです。
益田市に、比礼振山(権現山)と都茂鉱山の名前が出る民話に「大蛇のあと」というお話がありました。
「益田の文化を育てる会」さんによる「益田の民話(ますだのみんわ)」
>>http://www.group.iwami.or.jp/bfn/masudanominwa/index.htm
「大蛇のあと」
むかしの乙子の権現さんの道は、都茂鉱山から鉱石を馬で運ぶ往かん還(ママ)じゃった。
ある日、益田で用事を済ませた人が、権現さんの道に通りかかると眠むとうなったので、大けな岩の上で一休みしんさった。その時、長さは十二尺(約三、六メートル)、直径は一尺(約三十センチ)ぐらいの大蛇が出てきた。そのあまりの大きさに身震いがして動きがとれんようになった。蛇は煙草が嫌いなのを思い出して、そっと煙草に火をつけ吸いはじめた。そうしよったら大蛇が向きを変えて逃げ去ったというんじゃあ。
わしも若いころ、わらびを取りに行って、大蛇が這うたように草がなびいているのを見てたまげたことがある。
語り手 城市良吉(乙子)
「益田の民話(ますだのみんわ)」(益田の文化を育てる会)より引用
「むかしの乙子の権現さんの道は、都茂鉱山から鉱石を馬で運ぶ道路」…
益田市の美都町には銅精錬所跡となる「大年ノ元遺跡(おおとしのもといせき)」
(参照>>丸山銅山遺跡とは…(都茂鉱山跡探訪シリーズ第4回))
というものがあったはずで、精錬技術は保有していたはずですが、地元(の精錬所)ではなく一体どこの精錬所に運んでいたのでしょうか?
◎大年ノ元遺跡(おおとしのもといせき)に関しては、島根県埋蔵文化財調査センター編集部による「ドキ土器まいぶん」No.18 2002年7月発行に要点がまとめられた記事がありました。
(島根県埋蔵文化財調査センター「ドキ土器まいぶん」は個人的に、島根県の歴史を深く知るためにも、正確かつ、わかりやすい表記(図や画像が多い)でクールな編集物だと思うぞ!
)発見!銅の精錬工房?
美都町は古代から銅山開発によって繁栄したと伝えられています。美都町山本地区にある大年ノ元遺跡では、中世の掘立柱建物跡や中世期には珍しい竪穴状の建物跡が4棟見つかりました。
竪穴状の建物跡の内部や周辺から焼土(地面が焼けた跡)や銅鉱石を溶かすための器(坩堝)片や銅の精錬工程において生じるからみ(不純物の塊)、白磁(中国製の磁器)片、土師質土器片などが見つかりました。これらの建物跡は15世紀頃(室町時代)の銅の精錬工房跡、または銅精錬に何らかの関わりにある施設と思われます。
遺跡は、9世紀に書かれた「続日本後記」に記載されている丸山銅山から北約5km のところにあります。 この周辺は当時、中世益田氏の支配下にあり、江戸時代には幕府の直轄領でもありました。銅山の歴史、銅の精錬技術などを知る重要な手がかりになりそうです
(「ドキ土器まいぶん No.18 2002年7月発行 編集・発行 島根県埋蔵文化財調査センター編集部」より引用)
想像を膨らませると…他に、もっと大規模な精錬所があった…また、もしかしたら「銀」鉱石があったのかもしれませんね!?(当時は銀の製錬技術はなかったはず)…
(というかこの益田市の民話がいつごろの話なのかは不明なんであんまり奇想天外な空想はできんし
)(う~ん…これはきちんと調べる必要があるな

あと「権現さんの道に通りかかると眠むとうなったので、大けな「岩」」…この「岩」もきになるのう)
益田市の佐毘売山神社(今年2009年の正月に撮影)
比礼振山(権現山…ごんげんさん)標高358.6メートル)の山頂にある蔵王権現(昨年2008年年末ごろ撮影)
【益田市と「大蛇」】
ところで、
益田市で大蛇といえば、益田市の(プチ)秘境 シリーズで真砂地区の日晩山の山麓にある滝…「蛇瀧伝説」をとりあげたことがあります。
詳しくは>>蛇瀧探検(益田市真砂地区)2009年03月23日
★益田太郎が選ぶ益田市の(プチ)秘境シリーズ>>益田市の(プチ)秘境 シリーズ一覧
【へんしゅう後記】
今回引用させていただいた「益田の民話(ますだのみんわ)」では、キーワード「大蛇」のお話が二つ
「蟠竜湖の大蛇」
「蟠竜湖に浮かんだ大蛇と箸」
どちらも益田市の「蟠竜湖」が絡んでいる所がおもしろいのう。
2009年04月24日
益田市の佐毘売山神社と世界遺産「石見銀山」との関係
益田市美都町山本の都茂鉱山跡探訪シリーズとして4回にわたり投稿してきました。
(中身はあまり濃くなかったので今後徐々に追記していきますが…)
今回は前回の>>丸山銅山遺跡とは…(都茂鉱山跡探訪シリーズ第4回)でふれました山陰中央新報さんのONLINE NEWS、
特集・石見銀山 : 石見銀山の営み(4)地の恵み 都茂銅山の技術者採掘か…の記事にでていました
益田市の「佐毘売山神社」をご紹介します。
益田市の「佐毘売山神社」は市街地の東側にある比礼振山(権現山ともいいます、標高358.6メートル)の麓(ふもと)にあります。
比礼振山(権現山)の姿は>>比礼振山(権現山)から益田市を俯瞰すると(2009年1月09日投稿)

頂上へ向かう道路によって分断されていますが、本来の佐毘売山神社の参道にあたる「古い石段」をいれて撮影。

私は、この石段がお気に入りです。
さて、注目の記事
>>「佐毘売山神社を分霊 益田から祭神と移動」(2008年6月22日)
で、「益田市の同神社から分霊されたこと」について、根県文化財保護審議委員で、広島県三次市にある奥田元宋・小由女美術館で益田市出身の村上勇館長によると、
と、
つまり、美都町の丸山銅山での人と技術が大森(石見銀山)にもたらされ銀が採掘された…という見解なんですね!
(大森の)鉱山開発のために人材(鉱山技術者)とそのノウハウと金山彦命…鉱山の神さんがセット移動(異動)です!
当時の鉱山開発ということがいかに重要で気合いが入っていたかがわかりますネ
この件について、当の益田市の佐毘売山神社にも説明がありました。

良く読んでいただけるように、2つの画像に分けてました。
①前半部分

②後半部分

②の後半部分に
「康暦2年(1380年)には迩摩郡大森銀山へ守護神として、金山彦命を当社より御幣を別けて遷し祭るなり。」
と記されていますね
(話はそれるが、埴山姫命(はにやまひめのみこと)は「土」の神。埴山姫命は島根県大田市長久町の「迩幣姫神社」神社がありますよね。6年ぐらい前に訪ねたことが…当時は益田市の佐毘売山神社に埴山姫命が祭ってあるとはつゆ知らず…)
※ついでに発見報告!
なんと!いつもお世話になっている、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも益田市の佐毘売山神社が掲載されていました。
(【】づけ、赤字強調は益田市太郎による。)
【へんしゅう後記というか、補足】
石見銀山の佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)にも上記の由緒についての説明看板がありました。昨年、世界遺産になって初めて石見銀山を訪ねましたが、大久保間歩ツワーに急きょ参加したので石見銀山の佐毘売山神社へは行けなかった…ちなみに6年前に石見銀山の佐毘売山神社に行ったときは…その規模のでかさ…すげー!
と驚いた…と同時に管理状態の「悪さ」にも驚いた!
…来月は石見銀山に行けると思うので、世界遺産バージョンでの佐毘売山神社を訪ねたいと思っとりマスダ!
(中身はあまり濃くなかったので今後徐々に追記していきますが…)
今回は前回の>>丸山銅山遺跡とは…(都茂鉱山跡探訪シリーズ第4回)でふれました山陰中央新報さんのONLINE NEWS、
特集・石見銀山 : 石見銀山の営み(4)地の恵み 都茂銅山の技術者採掘か…の記事にでていました
益田市の「佐毘売山神社」をご紹介します。
益田市の「佐毘売山神社」は市街地の東側にある比礼振山(権現山ともいいます、標高358.6メートル)の麓(ふもと)にあります。
比礼振山(権現山)の姿は>>比礼振山(権現山)から益田市を俯瞰すると(2009年1月09日投稿)
頂上へ向かう道路によって分断されていますが、本来の佐毘売山神社の参道にあたる「古い石段」をいれて撮影。
私は、この石段がお気に入りです。
さて、注目の記事
>>「佐毘売山神社を分霊 益田から祭神と移動」(2008年6月22日)
で、「益田市の同神社から分霊されたこと」について、根県文化財保護審議委員で、広島県三次市にある奥田元宋・小由女美術館で益田市出身の村上勇館長によると、
「祭神の移動は祭っていた技術者の動きを示す。石見銀山開発の前史として、西石見の都茂銅山の開発があり、人と技術が大森にもたらされ銀が採掘された」と指摘。石見国を包括した研究の視点を提起する。
と、
つまり、美都町の丸山銅山での人と技術が大森(石見銀山)にもたらされ銀が採掘された…という見解なんですね!
(大森の)鉱山開発のために人材(鉱山技術者)とそのノウハウと金山彦命…鉱山の神さんがセット移動(異動)です!
当時の鉱山開発ということがいかに重要で気合いが入っていたかがわかりますネ

この件について、当の益田市の佐毘売山神社にも説明がありました。
佐毘売山神社由緒
良く読んでいただけるように、2つの画像に分けてました。
①前半部分
②後半部分
②の後半部分に
「康暦2年(1380年)には迩摩郡大森銀山へ守護神として、金山彦命を当社より御幣を別けて遷し祭るなり。」
と記されていますね

(話はそれるが、埴山姫命(はにやまひめのみこと)は「土」の神。埴山姫命は島根県大田市長久町の「迩幣姫神社」神社がありますよね。6年ぐらい前に訪ねたことが…当時は益田市の佐毘売山神社に埴山姫命が祭ってあるとはつゆ知らず…)
※ついでに発見報告!

なんと!いつもお世話になっている、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも益田市の佐毘売山神社が掲載されていました。
佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)は、島根県益田市にある神社である。式内社で、旧社格は村社。石見銀山(大田市)にある佐毘売山神社は当社の分社である。
【祭神 】
金山彦命・金山姫命を主祭神とし、埴山姫命・大山祇命・木花咲耶姫命を相殿に、闇靇神・廣國押武金日天皇(安閑天皇)を別殿に祀る。
【歴史 】
創建の由緒は不詳である。当初は比礼振山(佐毘売山)の山頂に鎮座し、金山姫・埴山姫・木花咲耶姫の三柱の女神を祀り「姫山神社」と称していた。「佐毘売山」は姫山に接頭語「さ」がついたものである。寛平5年(893年)、美濃国南宮大社より鉱山の神・金山彦命を勧請し、さらに山の神・大山祇命も祀って「五社大権現」とも称した。延喜式神名帳に「石見国美濃郡 佐毘賣山神社」と記載され、小社に列している。
貞治4年(1365年)、一帯に旱魃が起こり、比礼振山で雨乞いをしたところ雨が降ったことから、大和国吉野山から水の神・闇靇神と蔵王権現を合祀し、以降は「蔵王大権現」とも称されるようになった。
(以下略)
(【】づけ、赤字強調は益田市太郎による。)
【へんしゅう後記というか、補足】
石見銀山の佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)にも上記の由緒についての説明看板がありました。昨年、世界遺産になって初めて石見銀山を訪ねましたが、大久保間歩ツワーに急きょ参加したので石見銀山の佐毘売山神社へは行けなかった…ちなみに6年前に石見銀山の佐毘売山神社に行ったときは…その規模のでかさ…すげー!
と驚いた…と同時に管理状態の「悪さ」にも驚いた!…来月は石見銀山に行けると思うので、世界遺産バージョンでの佐毘売山神社を訪ねたいと思っとりマスダ!
2009年04月23日
丸山銅山跡とは…(都茂鉱山跡探訪シリーズ第4回)
益田市美都町山本の都茂鉱山跡探訪シリーズの第4回目。
今日は、前回の丸山坑入口を後にして、「丸山銅山遺跡」へ向かいました。
場所は県道172号線をのぼり野々峠を超え、県道314号線を少し下ったところにあります。
目印は、「丸山銅山跡入口」と書かれた杭(くい)看板。

丸山銅山跡…注意してもらいたいのは丸山銅山遺跡… 「銅」 というところ。
発見されたのは881年ということです…『日本三代実録』元慶五年(881)三月七日乙卯条
詳しくは…>>探訪「都茂鉱山跡」…丸山坑入口付近2009年04月22日←この記事の後半にまとめて記しております
実は丸山銅山はあの世界遺産の「石見銀山」(島根県大田市)と歴史的に関係があるようです
山陰中央新報さんのONLINE NEWS(>>http://www.sanin-chuo.co.jp/)での特集記事に
特集・石見銀山 : 石見銀山の営み(4)地の恵み 都茂銅山の技術者採掘か
佐毘売山神社を分霊 益田から祭神と移動 (2008年6月22日)
>>http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=504046180
という興味深い記事がありました。(コンパクトに且つわかりやすく書かれていますね…さすがじゃ!)
島根県の大田市の石見銀山と益田市の都茂銅山(あわせて、益田市の比礼振山(ひれふりやま)(権現山(ごんげんやま)ともいう)の麓にある佐昆賣山神社)との繋がりについては後日特集しますネ。
参考:益田市の比礼振山の「外観」はこちら>>比礼振山(権現山)から益田市を俯瞰すると 2009年1月09日
後日(いつか)特集するとして。
また益田市美都町には銅精錬所跡となる「大年ノ元遺跡」というものがあるそうです。
「webさんいん」さんのサイトにあった山陰中央新報さんの記事
>>美都で銅精錬工房跡 大年ノ元遺跡 炉壁片や滓出土 中世の鉱山都市の可能性 (2002年5月23日(木))
(上記記事によると「大年ノ元遺跡」は全国的にも珍しく、貴重な遺跡だということです。)
さあ、いよいよ(「都茂銅山」と記されていますが、おそらく同じ場所をさしていると思いますので)丸山銅山跡へ!
と思って進んでいたのですが!?…こんな状態でした

こりゃ、鉈鎌(ナタガマ)がいるな…
というわけで今回は断念しました。(すみません)、まっ予備知識なさすぎたんで
…次回に期待してくださいネ(画像は)
あと、この九州大学総合研究博物館のこの論文(PDF)は凄い!
>>蛍光X線分析法の製錬津試料への適用(中西 哲也、吉川 竜太、井澤 英二)
九州大学総合研究博物館研究報告 Bull. Kyushu Univ. Museum No. 2, 149-156, 2004
上記論文は
ということが主たる論旨にあたります。
※そして、その適用分析例として山口県の長登銅山と島根県益田市美都町の「都茂丸山銅山」の鉱石・製錬津・炉壁試料に関して紹介されています。
あっ、ちなみに…この「丸山銅山跡入口」から県道314号線をしばらく下って行くと…
あの!「能登の大竜頭」があるんです
※参照>>世界初公開 「能登の大竜頭」(益田市能登川)2009年04月06日
【へんしゅう後記】
つ、ついに益田市の高津に関する超貴重な文献「高津町誌」の復刻版が近々販売されるようですね!
あと、美都町誌が欲しいのう…誰か安う譲ってくれんかの~
今日は、前回の丸山坑入口を後にして、「丸山銅山遺跡」へ向かいました。
場所は県道172号線をのぼり野々峠を超え、県道314号線を少し下ったところにあります。
目印は、「丸山銅山跡入口」と書かれた杭(くい)看板。
丸山銅山跡…注意してもらいたいのは丸山銅山遺跡… 「銅」 というところ。
発見されたのは881年ということです…『日本三代実録』元慶五年(881)三月七日乙卯条
詳しくは…>>探訪「都茂鉱山跡」…丸山坑入口付近2009年04月22日←この記事の後半にまとめて記しております

実は丸山銅山はあの世界遺産の「石見銀山」(島根県大田市)と歴史的に関係があるようです

山陰中央新報さんのONLINE NEWS(>>http://www.sanin-chuo.co.jp/)での特集記事に
特集・石見銀山 : 石見銀山の営み(4)地の恵み 都茂銅山の技術者採掘か
佐毘売山神社を分霊 益田から祭神と移動 (2008年6月22日)
>>http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=504046180
という興味深い記事がありました。(コンパクトに且つわかりやすく書かれていますね…さすがじゃ!)
島根県の大田市の石見銀山と益田市の都茂銅山(あわせて、益田市の比礼振山(ひれふりやま)(権現山(ごんげんやま)ともいう)の麓にある佐昆賣山神社)との繋がりについては後日特集しますネ。
参考:益田市の比礼振山の「外観」はこちら>>比礼振山(権現山)から益田市を俯瞰すると 2009年1月09日
後日(いつか)特集するとして。
また益田市美都町には銅精錬所跡となる「大年ノ元遺跡」というものがあるそうです。
「webさんいん」さんのサイトにあった山陰中央新報さんの記事
>>美都で銅精錬工房跡 大年ノ元遺跡 炉壁片や滓出土 中世の鉱山都市の可能性 (2002年5月23日(木))
(上記記事によると「大年ノ元遺跡」は全国的にも珍しく、貴重な遺跡だということです。)
さあ、いよいよ(「都茂銅山」と記されていますが、おそらく同じ場所をさしていると思いますので)丸山銅山跡へ!
と思って進んでいたのですが!?…こんな状態でした

こりゃ、鉈鎌(ナタガマ)がいるな…
というわけで今回は断念しました。(すみません)、まっ予備知識なさすぎたんで

…次回に期待してくださいネ(画像は)
あと、この九州大学総合研究博物館のこの論文(PDF)は凄い!
>>蛍光X線分析法の製錬津試料への適用(中西 哲也、吉川 竜太、井澤 英二)
九州大学総合研究博物館研究報告 Bull. Kyushu Univ. Museum No. 2, 149-156, 2004
上記論文は
九州大学地球上源システム工学部門に設置されている蛍光X線分析装置を使用して、銅鉱石・銅製錬津の分析に適用した際の技術的なポイントについて報告する。
ということが主たる論旨にあたります。
※そして、その適用分析例として山口県の長登銅山と島根県益田市美都町の「都茂丸山銅山」の鉱石・製錬津・炉壁試料に関して紹介されています。
あっ、ちなみに…この「丸山銅山跡入口」から県道314号線をしばらく下って行くと…
あの!「能登の大竜頭」があるんです

※参照>>世界初公開 「能登の大竜頭」(益田市能登川)2009年04月06日
【へんしゅう後記】
つ、ついに益田市の高津に関する超貴重な文献「高津町誌」の復刻版が近々販売されるようですね!
あと、美都町誌が欲しいのう…誰か安う譲ってくれんかの~
2009年04月22日
探訪「都茂鉱山跡」…丸山坑入口付近
益田市の秘境というか、益田市の産業遺産といえる、美都町の都茂(つも)鉱山跡探訪の3回目
今回はいよいよ「丸山坑」の入口まで…(当然中には入れませんから…ネ!)
県172道号線…都茂鉱山選鉱場が左手に見えるところからさらに1km強、上り坂の道路を行くと手書きの看板がありました。

左の未舗装道路(車は入れません)をいくと有名な「丸山坑」入口に
(ちなみに匹見町方面の方向へ行くと「野々峠」となります…峠を越えると県道314号線に変わります(地図ではネ)このコースは益田市のいろいろな山道の中でも特に、珍しい植物を発見することができるんですよ!)
さて、周囲を見回してみると…
こんなコンベア系の設備の残骸

そして、上から見ると構造がわかります。んッ…ベルトコンベアではないんだぁ。

そして、進むこと数百メートル
丸山坑の入口です。

ここから、あの銅と亜鉛の鉱石やあの都茂鉱(tsumoite:BiTe組成 (ビスマス原子とテルル原子の比が1:1の鉱物))がわんさか出てきたんじゃろうか!?
参照>>都茂鉱山跡 ズリの中から都茂鉱(tsumoite)が!?(益田市美都町山本)2009年04月21日
倉庫?らしき構築物の中には…

奥には、チョーでかいモートルの残骸(青色)が
(やはりかつては凄い鉱山施設だったのでしょう)
繁栄時の喧噪がちょっと聞こえてきました(ような)
都茂鉱山跡は益田市の産業遺産といっていいんじゃないでしょうか?
あっ、あと、都茂鉱山の「岩石採取標識」を発見しました。(沢に向かって落ちていました
)

手書きの標識…美濃郡…採掘の方法:階段採掘法…等々、歴史的価値はいずれ出てくると思うんですがね
さて、話はかわって都茂鉱山に関する歴史関連について。
今回のシリーズ初回>>都茂鉱山跡、都茂鉱(tsumoite)を訪ねて(2009年04月20日)でも触れましたが、実は丸山「鉱床」は平安時代にはすでに採掘が始まっていたといいます。
で、その、おおもとになる文献とは?という疑問を持たれた知的な益田市民のために(笑)
昨夜、ネットで深く深く…調べてみましたところ。
「『※日本三代実録』元慶五年(881)三月七日乙卯条」であるということがわかりました。
出処は、(なんと)
IMES…日本銀行金融研究所における論文(ディスカッション・ペーパー・シリーズ)です。
IMES Discussion Paper Series 2002-J-30
「古代銭貨に関する理化学的研究」「皇朝十二銭」の鉛同位体比分析および金属組成分析(PDF)
>>http://www.imes.boj.or.jp/japanese/jdps/2002/02-J-30.pdf 齋藤努・高橋照彦・西川裕一
の19ページ
いや~ッ!ディープWebにはやはり我々の財産になる情報があるというのは本当だったんだな~
地味に感動!した。
参考:日本三代実録
今回はいよいよ「丸山坑」の入口まで…(当然中には入れませんから…ネ!)
県172道号線…都茂鉱山選鉱場が左手に見えるところからさらに1km強、上り坂の道路を行くと手書きの看板がありました。
左の未舗装道路(車は入れません)をいくと有名な「丸山坑」入口に
(ちなみに匹見町方面の方向へ行くと「野々峠」となります…峠を越えると県道314号線に変わります(地図ではネ)このコースは益田市のいろいろな山道の中でも特に、珍しい植物を発見することができるんですよ!)
さて、周囲を見回してみると…
こんなコンベア系の設備の残骸
そして、上から見ると構造がわかります。んッ…ベルトコンベアではないんだぁ。
そして、進むこと数百メートル
丸山坑の入口です。
ここから、あの銅と亜鉛の鉱石やあの都茂鉱(tsumoite:BiTe組成 (ビスマス原子とテルル原子の比が1:1の鉱物))がわんさか出てきたんじゃろうか!?
参照>>都茂鉱山跡 ズリの中から都茂鉱(tsumoite)が!?(益田市美都町山本)2009年04月21日
倉庫?らしき構築物の中には…
奥には、チョーでかいモートルの残骸(青色)が
(やはりかつては凄い鉱山施設だったのでしょう)繁栄時の喧噪がちょっと聞こえてきました(ような)

都茂鉱山跡は益田市の産業遺産といっていいんじゃないでしょうか?
あっ、あと、都茂鉱山の「岩石採取標識」を発見しました。(沢に向かって落ちていました
)手書きの標識…美濃郡…採掘の方法:階段採掘法…等々、歴史的価値はいずれ出てくると思うんですがね

さて、話はかわって都茂鉱山に関する歴史関連について。
今回のシリーズ初回>>都茂鉱山跡、都茂鉱(tsumoite)を訪ねて(2009年04月20日)でも触れましたが、実は丸山「鉱床」は平安時代にはすでに採掘が始まっていたといいます。
で、その、おおもとになる文献とは?という疑問を持たれた知的な益田市民のために(笑)
昨夜、ネットで深く深く…調べてみましたところ。
「『※日本三代実録』元慶五年(881)三月七日乙卯条」であるということがわかりました。
出処は、(なんと)
IMES…日本銀行金融研究所における論文(ディスカッション・ペーパー・シリーズ)です。
IMES Discussion Paper Series 2002-J-30
「古代銭貨に関する理化学的研究」「皇朝十二銭」の鉛同位体比分析および金属組成分析(PDF)
>>http://www.imes.boj.or.jp/japanese/jdps/2002/02-J-30.pdf 齋藤努・高橋照彦・西川裕一
の19ページ
いや~ッ!ディープWebにはやはり我々の財産になる情報があるというのは本当だったんだな~

地味に感動!した。
参考:日本三代実録
日本三代実録(にほんさんだいじつろく)は、平安時代の日本で編纂された歴史書で、901年に成立。六国史の第六にあたる。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
清和天皇、陽成天皇、光孝天皇の三代、天安2年(858年)8月から仁和3年(887年)8月までの30年間を扱う。編者は藤原時平、菅原道真、大蔵善行、三統理平。編年体、漢文、全50巻。
2009年04月22日
やはりミツバチ不足。そして果物高騰は必至か?
先日以来、このブログでも何度か取り上げてきました、日本国内のミツバチ不足の問題。茨城県を中心に関東のの大産地の農業を見てきて、高収益のポイントは「大規模化と外国人労働者の確保」の2点だっぺ!と思っておりましたが、「ミツバチ」という小さな生き物の力が、実は大きな役割を果たしてきたことが痛切にわかりました。
Yahoo ニュース 4月22日 ミツバチ 1000万匹不足 青果受粉用、農家ピンチ
ミツバチ不足の影響が大きい都道府県は、茨城県と鳥取県、加えて、青森県、山形県、神奈川県、滋賀県、熊本県…それぞれ代表的な果物の名前が浮かんできますね。(イチゴの「とちおとめ」の中心産地である栃木県の名前が出ていないのが(若干)不思議なんですが…)ミツバチの代替は「ヒトによる手作業」となるわけでコスト高は免れないようです。
島根県は深刻な不足に該当する県に入ってはいませんが、これは大産地がないだけで、益田市だって、メロンやイチゴの生産にも影響は出でくるのではないでしょうか?
また、受粉でセイヨウミツバチを使う作物は、イチゴのほか、メロン、ナシ、ナス、カボチャ、サクランボ…いわゆる「なりもの」は養分(肥料…特にリン酸成分)も必要。そして高騰した肥料代は今年の作から本格的に響いてくるのに…
【ミツバチ(不足)に関する過去の投稿】
・>>益田市のレンゲ畑にはミツバチはいるか?2009年04月08日
・>>失踪はセイヨウミツバチでした2009年04月10日
・>>ヤマブキはミツバチを育む(ヤマブキパワーの研究)2009年04月14日

【へんしゅう後記】
農林水産省さんではやってると思うけど…農業用の?ミツバチのブリーディングの方法、交配管理を含めて調査すると今回のミツバチ不足の原因究明と問題解決のヒントがある(かもね…
)
Yahoo ニュース 4月22日 ミツバチ 1000万匹不足 青果受粉用、農家ピンチ
イチゴやスイカなど果物や野菜の受粉に使われる「セイヨウミツバチ」が不足しているため、生産コストが上昇し農家が苦慮している。農林水産省は21日、特に茨城、鳥取など7県で不足が深刻で最大約1000万匹が足りないと発表した。このまま不足が続けば、果物などの価格高騰につながりかねない状況になっている。(以下略)
ミツバチ不足の影響が大きい都道府県は、茨城県と鳥取県、加えて、青森県、山形県、神奈川県、滋賀県、熊本県…それぞれ代表的な果物の名前が浮かんできますね。(イチゴの「とちおとめ」の中心産地である栃木県の名前が出ていないのが(若干)不思議なんですが…)ミツバチの代替は「ヒトによる手作業」となるわけでコスト高は免れないようです。
島根県は深刻な不足に該当する県に入ってはいませんが、これは大産地がないだけで、益田市だって、メロンやイチゴの生産にも影響は出でくるのではないでしょうか?
また、受粉でセイヨウミツバチを使う作物は、イチゴのほか、メロン、ナシ、ナス、カボチャ、サクランボ…いわゆる「なりもの」は養分(肥料…特にリン酸成分)も必要。そして高騰した肥料代は今年の作から本格的に響いてくるのに…
【ミツバチ(不足)に関する過去の投稿】
・>>益田市のレンゲ畑にはミツバチはいるか?2009年04月08日
・>>失踪はセイヨウミツバチでした2009年04月10日
・>>ヤマブキはミツバチを育む(ヤマブキパワーの研究)2009年04月14日
ヤマブキの花の上でせっせと仕事をしているミツバチ(ニホンミツバチか?)
※島根県津和野町にて撮影(2009年4月)
※島根県津和野町にて撮影(2009年4月)
【へんしゅう後記】
農林水産省さんではやってると思うけど…農業用の?ミツバチのブリーディングの方法、交配管理を含めて調査すると今回のミツバチ不足の原因究明と問題解決のヒントがある(かもね…
) 2009年04月21日
都茂鉱山跡 ズリの中から都茂鉱(tsumoite)が!?
昨日に引き続き、今日は益田市美都町の都茂(つも)鉱山跡の話題。
昨日が都茂(つも)鉱山跡の現在の景観だったのに対し、スーパーマクロな世界へ!
<鉱物の世界へようこそ!>

(これは石英の小さな結晶の森(同鉱山跡で見つけました)…小さい結晶の集まり…都茂鉱ではないよ
…都茂鉱はこの結晶の森の中にポツンとあるそうなんだ!)
(余談:先日NHKのワンダー×ワンダーですごい結晶洞窟の番組をやっていましたがあの超巨大な結晶は「石膏(硫酸カルシウム:CaSO4)」によるものでしたネ…これは↑は石英です。)
では、まず都茂鉱(tsumoite:BiTe組成 (ビスマス原子とテルル原子の比が1:1の鉱物))について…
私、鉱物については専門家ではないのでまずは都茂鉱(tsumoite)に関する学術的にまとまっていると思われるサイトを引用させていただきます。島崎さんという方が研究をされたようです。
都茂鉱 :Tsumoite
原産地 :島根県美濃郡美都町都茂鉱山
理想化学式: BiTe
分類 :硫化鉱物(テルル化鉱物)
結晶系:六方晶系
出処:論文著者 島崎英彦・小澤徹 掲載論文 American Mineralogist, 63, 1162-1165, (1978).
引用元>>日本産新鉱物⇒都茂鉱 http://www2.ocn.ne.jp/~miyajima/newmineral/tsumoite.html
で!
(いよいよ)益田市美都町の都茂鉱山跡のズリで発見した都茂鉱(tsumoite)…らしき画像です!

イブシ銀の部分がそうだと思います。

実は!最初は「銀(Ag)」だと思っていました。また周辺の紅色とか(ここにはないですが)緑色などもレアメタル、重金属の雰囲気が…
都茂鉱(Tsumoite)の画像はコチラも参照してください(これらの画像を見て…判断しちゃいました)
>>Weblio 辞書⇒鉱物図鑑⇒索引 ランキング 画像一覧⇒都茂鉱(Tsumoite)
>>稀産金属鉱物-標本リスト [レアメタル・コレクション]⇒都茂鉱
【補足…自分なりに知りたかったので
】
Q.レアメタル…ビスマス(Bi)とテルル(Te)の用途は?
ビスマスもテルルも単体では…ビスマスが「医薬品(整腸剤)」等、テルルは「ガラスなどの着色剤」ですが、特にテルルは、先端工業に欠かせない存在となっています。…よし
【参照】
ビスマス(Bi)
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
テルル(Te)
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
【へんしゅう後記】
鉱物の世界はいいのう!

昨日が都茂(つも)鉱山跡の現在の景観だったのに対し、スーパーマクロな世界へ!
<鉱物の世界へようこそ!>
(これは石英の小さな結晶の森(同鉱山跡で見つけました)…小さい結晶の集まり…都茂鉱ではないよ
…都茂鉱はこの結晶の森の中にポツンとあるそうなんだ!)(余談:先日NHKのワンダー×ワンダーですごい結晶洞窟の番組をやっていましたがあの超巨大な結晶は「石膏(硫酸カルシウム:CaSO4)」によるものでしたネ…これは↑は石英です。)
では、まず都茂鉱(tsumoite:BiTe組成 (ビスマス原子とテルル原子の比が1:1の鉱物))について…

私、鉱物については専門家ではないのでまずは都茂鉱(tsumoite)に関する学術的にまとまっていると思われるサイトを引用させていただきます。島崎さんという方が研究をされたようです。
都茂鉱 :Tsumoite
原産地 :島根県美濃郡美都町都茂鉱山
理想化学式: BiTe
分類 :硫化鉱物(テルル化鉱物)
結晶系:六方晶系
島崎は卒業論文で研究した都茂鉱山の鉱石から、BiTeという化学組成を持つ銀白色の金属光沢の鉱物を発見した。BiTe、つまり、ビスマス1元素とテルル1元素が結合したビスマスのテルル化物としてはすでにヴェーライト(wehrlite)が知られていたが、都茂鉱山から発見されたBiTe 鉱物はヴェーライトとは異なる諸性質をもっていた。(中略)
都茂鉱山から発見されたBiTe鉱物は都茂鉱(tsumoite)として国際鉱物学連合の新鉱物・鉱物名委員会によって承認され、ヴェーライトは2種類の鉱物の混合物を誤認したものとして同委員会によって抹消された。都茂鉱の名は産地の鉱山名にちなみ、島根県で発見された最初の新鉱物となった。
出処:論文著者 島崎英彦・小澤徹 掲載論文 American Mineralogist, 63, 1162-1165, (1978).
引用元>>日本産新鉱物⇒都茂鉱 http://www2.ocn.ne.jp/~miyajima/newmineral/tsumoite.html
で!
(いよいよ)益田市美都町の都茂鉱山跡のズリで発見した都茂鉱(tsumoite)…らしき画像です!
イブシ銀の部分がそうだと思います。
実は!最初は「銀(Ag)」だと思っていました。また周辺の紅色とか(ここにはないですが)緑色などもレアメタル、重金属の雰囲気が…
都茂鉱(Tsumoite)の画像はコチラも参照してください(これらの画像を見て…判断しちゃいました)
>>Weblio 辞書⇒鉱物図鑑⇒索引 ランキング 画像一覧⇒都茂鉱(Tsumoite)
>>稀産金属鉱物-標本リスト [レアメタル・コレクション]⇒都茂鉱
【補足…自分なりに知りたかったので
】Q.レアメタル…ビスマス(Bi)とテルル(Te)の用途は?
ビスマスもテルルも単体では…ビスマスが「医薬品(整腸剤)」等、テルルは「ガラスなどの着色剤」ですが、特にテルルは、先端工業に欠かせない存在となっています。…よし

【参照】
ビスマス(Bi)
医薬品(整腸剤)の原料として、日本薬局方に収載されている。
単体のビスマスと他の金属(カドミウム、錫、鉛、インジウムなど)との合金は、それぞれの金属単体より低い融点となる。このため、鉛フリーはんだに添加されたり、あるいはより低温で溶ける低融点合金に使われる。また、ビスマスは大きな熱電効果を示す物質であり、特にテルルとの合金は熱電変換素子として実用化されている。
化合物としては、銅酸化物高温超伝導体の1成分としても用いられ、ビスマスを含む超電導物質はしばしばビスマス系高温超電導物質または単にビスマス系と呼ばれる。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
テルル(Te)
ガラスなどの着色剤として利用される。
ビスマスとの合金は、熱電変換素子として実用化されている。
用途が狭く、偏在性が高く、需要量・埋蔵量ともに少ないが、先端工業に欠かせない存在であり、レアメタルの一種である。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
【へんしゅう後記】
鉱物の世界はいいのう!
2009年04月20日
都茂鉱山跡、都茂鉱(tsumoite)を訪ねて
益田市の美都町山本周辺を車で散策、その目的地の一つに都茂鉱山(つも鉱山)跡(1987年6月に閉山)がありました。
都茂鉱山の近代~現代にかけての歴史はYahoo百科事典によると、「中外鉱業(株)によって操業されてきたが、79年以降都茂鉱業(株)の経営にかわった。87年都茂鉱業が操業休止。88年閉山」という経緯があったようです。
また都茂鉱山では都茂鉱(tsumoite)
というビスマス(Bi)とテルル(Te)から成る独特の鉱物が世界で初めて発見されたところといいます。また、島根県を代表するスカルン鉱床(※ページ下の方に用語説明あり)であるといいます。
最盛期の1970年ごろには、銅と亜鉛の鉱石を日量600トンも処理していたということです。
都茂鉱(tsumoite)の特殊性については後日あらためて投稿させていただくとして…
私が関心があったのはこの鉱山の歴史です。なんと丸山鉱床は平安時代の836年にはすでに採掘が始まっていたということ。(この益田市で平安時代には採掘がされていた鉱山があるなんて
)
島根地質百選選定委員会による「山陰・島根ジオサイト 地質百選」
都茂鉱山(益田市美都町山本)より
詳しくは…
都茂鉱山(益田市美都町山本)
>>http://www.geo.riko.shimane-u.ac.jp/geopark/tsumokozan.html
出典サイト:島根地質百選選定委員会による「山陰・島根ジオサイト 地質百選」
>>http://www.geo.riko.shimane-u.ac.jp/geopark/geosite.html#concept
というサイトに掲載されています。
(今回は)都茂鉱山(益田市美都町山本)の概観画像を…たんたんと…県道172号線を野々峠に向かって登っていきます。
まずは、旧鉱山事務所入り口(※画像中の未舗装道は行きどまりです)

都茂鉱山選鉱場跡と「案内杭」(美都町教育委員会による)

ちょっとわかりずらいですが…都茂鉱山選鉱場…かなりデカいです。

こちらのサイト(サイト名不明、各地の鉱山跡の画像集)では(都茂鉱山)選鉱場を別アングル(おそらく鉱山敷地内から)撮影した画像がありました>>http://kodansha.cplaza.ne.jp/hot/kobayashi/cs/content/04.html
採掘された鉱物を移送させたと思われるコンベア施設の残骸

このコンベア(らしきもの)、以前はこの県道をまたぐ形で反対側の斜面にも続いていたようです。(道の反対側の斜面(法面)の雑木林の中に、コンベアの残骸が残っていました。)
現地は大変静か…そこに、巨大な鉱山施設の跡が…最盛期を知る父によると、ここ都茂鉱山には、当時、国内の優秀な鉱山技術者がたくさんいて、ここ、美都町の「葛篭(つづら)」というところは鉱山町としての(鉱山宿舎や小学校(分校)もあったくらい)人口も多かったそうです。(つづく…あと2~3回ぐらい)
※実は!今や幻の都茂鉱(tsumoite)(ビスマスとテルルから成る鉱物)は「ズリ」を丹念に探して…見つけましたゾ!(お楽しみに!)
【MAP:旧都茂鉱山事務所入り口付近…ここから172号線を野々峠に向かって登っていく道なりの画像を投稿しています】
【用語:スカルン鉱床】
【へんしゅう後記】
今回、益田市美都町の都茂鉱山を調べるにあたり、島根地質百選選定委員会による「山陰・島根ジオサイト 地質百選」という大変興味深いサイトを発見することができました。コンパクトに要点がまとめられていて、画像等…リッチコンテンツなサイトです。
特に、今回投稿の17. 都茂鉱山(益田市美都町山本)以降、
18. 裏匹見峡・渓谷と断層谷(益田市匹見町匹見~道川)
19. 青野火山群(津和野町笹山ほか)
20. 木部谷温泉の間歇泉(吉賀町柿木村木部谷)
21. 高津川源流(吉賀町田野原)
なんと!全部(場所)現地把握できているではないか…(これは新カテゴリー誕生か?
)
都茂鉱山の近代~現代にかけての歴史はYahoo百科事典によると、「中外鉱業(株)によって操業されてきたが、79年以降都茂鉱業(株)の経営にかわった。87年都茂鉱業が操業休止。88年閉山」という経緯があったようです。
また都茂鉱山では都茂鉱(tsumoite)
というビスマス(Bi)とテルル(Te)から成る独特の鉱物が世界で初めて発見されたところといいます。また、島根県を代表するスカルン鉱床(※ページ下の方に用語説明あり)であるといいます。最盛期の1970年ごろには、銅と亜鉛の鉱石を日量600トンも処理していたということです。
都茂鉱(tsumoite)の特殊性については後日あらためて投稿させていただくとして…
私が関心があったのはこの鉱山の歴史です。なんと丸山鉱床は平安時代の836年にはすでに採掘が始まっていたということ。(この益田市で平安時代には採掘がされていた鉱山があるなんて
)島根地質百選選定委員会による「山陰・島根ジオサイト 地質百選」
都茂鉱山(益田市美都町山本)より
丸山鉱床は平安時代の836年にはすでに採掘が始まっていたことが史料からわかっています。
江戸時代には、天領として大森(石見銀山)に置かれた代官所の支配下にあり、1842年からは浜田藩が支配しました。
詳しくは…
都茂鉱山(益田市美都町山本)
>>http://www.geo.riko.shimane-u.ac.jp/geopark/tsumokozan.html
出典サイト:島根地質百選選定委員会による「山陰・島根ジオサイト 地質百選」
>>http://www.geo.riko.shimane-u.ac.jp/geopark/geosite.html#concept
というサイトに掲載されています。
(今回は)都茂鉱山(益田市美都町山本)の概観画像を…たんたんと…県道172号線を野々峠に向かって登っていきます。
まずは、旧鉱山事務所入り口(※画像中の未舗装道は行きどまりです)
都茂鉱山選鉱場跡と「案内杭」(美都町教育委員会による)
ちょっとわかりずらいですが…都茂鉱山選鉱場…かなりデカいです。
こちらのサイト(サイト名不明、各地の鉱山跡の画像集)では(都茂鉱山)選鉱場を別アングル(おそらく鉱山敷地内から)撮影した画像がありました>>http://kodansha.cplaza.ne.jp/hot/kobayashi/cs/content/04.html
採掘された鉱物を移送させたと思われるコンベア施設の残骸
このコンベア(らしきもの)、以前はこの県道をまたぐ形で反対側の斜面にも続いていたようです。(道の反対側の斜面(法面)の雑木林の中に、コンベアの残骸が残っていました。)
現地は大変静か…そこに、巨大な鉱山施設の跡が…最盛期を知る父によると、ここ都茂鉱山には、当時、国内の優秀な鉱山技術者がたくさんいて、ここ、美都町の「葛篭(つづら)」というところは鉱山町としての(鉱山宿舎や小学校(分校)もあったくらい)人口も多かったそうです。(つづく…あと2~3回ぐらい)
※実は!今や幻の都茂鉱(tsumoite)(ビスマスとテルルから成る鉱物)は「ズリ」を丹念に探して…見つけましたゾ!(お楽しみに!)
【MAP:旧都茂鉱山事務所入り口付近…ここから172号線を野々峠に向かって登っていく道なりの画像を投稿しています】
【用語:スカルン鉱床】
スカルン鉱床(すかるんこうしょう、skarn deposit)とは、熱水鉱床の一種である。石灰岩などの大規模な炭酸塩岩帯に花崗岩が貫入した際に伴う熱水により、交代作用が生じ形成される。形成温度が低いため、鉄や銅をはじめ亜鉛や鉛など工業用途として有用な金属を大量に含む鉱石が産することで知られる。
( フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
【へんしゅう後記】
今回、益田市美都町の都茂鉱山を調べるにあたり、島根地質百選選定委員会による「山陰・島根ジオサイト 地質百選」という大変興味深いサイトを発見することができました。コンパクトに要点がまとめられていて、画像等…リッチコンテンツなサイトです。

特に、今回投稿の17. 都茂鉱山(益田市美都町山本)以降、
18. 裏匹見峡・渓谷と断層谷(益田市匹見町匹見~道川)
19. 青野火山群(津和野町笹山ほか)
20. 木部谷温泉の間歇泉(吉賀町柿木村木部谷)
21. 高津川源流(吉賀町田野原)
なんと!全部(場所)現地把握できているではないか…(これは新カテゴリー誕生か?
) 2009年04月19日
美都の山にイチリンソウ(一輪草)が咲き始めた
益田市の美都町の山にイチリンソウ(一輪草)が咲き始めました。
イチリンソウはキンポウゲ(金鳳花)科の多年草。木漏れ日のあたる山麓の土手、(ちょっと湿った感じの土質)でよく見ます。
茎の高さ約20センチメートル。葉には深いギザギザの切れ目があります。そして、その名のとおり白い花を一輪咲かせます。
今回の撮影場所は益田市美都町の旧都茂鉱山(つも鉱山)沿いの山道(野々峠に向かう途中)でした。

イチリンソウはイチゲソウ(一華草)ともいうそうです。
今回、(あくまで個人的じゃが)発見
したのは…横(花びらの裏)からみると、
かすかに、赤紫色を帯びとるじゃないかネ!
実は!イチリンソウに似た同じくキンポウゲ科の「ニリンソウ(二輪草)」というのがありまして…その名の通り、花茎の先に2つ(たまに3つ)の白い花をつけます。
(このイチリンソウは、益田市のあちこちの山林で見かけることができるのですが、)
ニリンソウは島根県では絶滅危惧Ⅱ類 VUとなっています。
(参照:しまねレッドデータブック 普及版島根県の絶滅のおそれのある野生動植物 山陰中央新報社)
ニリンソウ(二輪草)は昨年、益田市のとある場所で群落を発見しています。今年は多分いい画像が取れると思います。
【へんしゅう後記】
益田市の山々でこれから一気に咲き始めるのは(先日、柿本神社にてご紹介した)シャガ。シャガがわんさか咲くまでには、ニリンソウの画像をアップできればと思っています
【関連して…】
島根県で絶滅危惧Ⅱ類 VUで今年、画像が撮れたものは
「カタクリ」(ユリ科ユリ目)でした。
①益田市の島根県立万葉公園にて>>カタクリの花に添えて(益田市万葉植物園)(2009年03月27日)
②吉賀町の「カタクリの里」にて>>「カタクリまつり」島根県吉賀町樋口(2009年03月29日)
(どちらも、いい画像ではありませんが…
)
※あと、今年の目標として(笑)是非とも撮影したいと思っているのは「ヒメシャガ」(ユリ科アヤメ科)です。
イチリンソウはキンポウゲ(金鳳花)科の多年草。木漏れ日のあたる山麓の土手、(ちょっと湿った感じの土質)でよく見ます。
茎の高さ約20センチメートル。葉には深いギザギザの切れ目があります。そして、その名のとおり白い花を一輪咲かせます。
今回の撮影場所は益田市美都町の旧都茂鉱山(つも鉱山)沿いの山道(野々峠に向かう途中)でした。
イチリンソウはイチゲソウ(一華草)ともいうそうです。
今回、(あくまで個人的じゃが)発見
したのは…横(花びらの裏)からみると、かすかに、赤紫色を帯びとるじゃないかネ!
実は!イチリンソウに似た同じくキンポウゲ科の「ニリンソウ(二輪草)」というのがありまして…その名の通り、花茎の先に2つ(たまに3つ)の白い花をつけます。
(このイチリンソウは、益田市のあちこちの山林で見かけることができるのですが、)
ニリンソウは島根県では絶滅危惧Ⅱ類 VUとなっています。
(参照:しまねレッドデータブック 普及版島根県の絶滅のおそれのある野生動植物 山陰中央新報社)
ニリンソウ(二輪草)は昨年、益田市のとある場所で群落を発見しています。今年は多分いい画像が取れると思います。
【へんしゅう後記】
益田市の山々でこれから一気に咲き始めるのは(先日、柿本神社にてご紹介した)シャガ。シャガがわんさか咲くまでには、ニリンソウの画像をアップできればと思っています

【関連して…】
島根県で絶滅危惧Ⅱ類 VUで今年、画像が撮れたものは
「カタクリ」(ユリ科ユリ目)でした。
①益田市の島根県立万葉公園にて>>カタクリの花に添えて(益田市万葉植物園)(2009年03月27日)
②吉賀町の「カタクリの里」にて>>「カタクリまつり」島根県吉賀町樋口(2009年03月29日)
(どちらも、いい画像ではありませんが…
)※あと、今年の目標として(笑)是非とも撮影したいと思っているのは「ヒメシャガ」(ユリ科アヤメ科)です。
2009年04月18日
日本にトリュフ?松露(ショウロ)を探せ
益田市の松林にも(私が小学生のころ)「松露(しょうろ)」というものが採れていたような…東大研究所によると、日本国内にもトリュフの仲間が15種類はあるという面白いニュースがありました。
Yahoo ニュース 4月18日
三大珍味トリュフ国内自生15種 東大研究所 遺伝子解析で確認
「条件に合ったマツやコナラなどの林があれば、日本ではどの地域でもトリュフが見つかる可能性がある」
…つまり、まずは、マツやコナラの林(群落)を探すことから始めないといけないようですが、益田市をはじめ山陰側の松林(益田市の海辺だけでなく、山地の方でも)はかなり「松枯れ」現象が起きているわけで…今でも「松露(しょうろ)」はとれるんでしょうか?
そういえば、益田市の蟠竜湖の近くに「万葉ホテル松露苑」ってあるから期待はできそう?
ちなみに今から30年以上前、母親の実家の裏山では「マツタケ」が(本当に)たくさん取れていました。しかし今は(松枯れ現象で)松の木全滅…収穫ゼロです
益田市は(松枯れさえなければ)環境的には松露は良く育ったはずなんで、かなり残念ですな。でも頑張って探してみマスダ!
【この投稿に関連する益田市周辺の情報(過去の投稿より)】
>>益田市の松林を救え「大塚緑の少年団」 2008年12月12日
>>松も枯れ…柿本人麿さんにもアシッドライン 益田市 2008年12月25日
>>森の再生 益田市「ボランティア高津川 森の会」の活動 2009年01月12日
>>黄砂で車に模様ができる地方(益田市の黄砂の状況画像) 2009年02月21日
【へんしゅう後記】
トリュフといいつつ、ショウロ(松露)の話題なってしまいました(笑)
いろいろ、聞いてみると益田市の高津には以前はショウロの畑(?)があったようです。当然既存の松林を利用して、ショウロに適した空間を作っていたのでしょうが…天然物のショウロの可能性は?と尋ねてみたところ…全くゼロというわけではなく、益田市の浜で残存した松林ではショウロ確認の「噂」は最近でもあるようです。
では、ショウロ発見のためのポイントについて…(父より)
①ショウロのありそうな場所…ショウロのありそうな場所として松林は当然のことながら(今のところ分かっている)ことは、松の落ち葉がたっぷりあること!らしいです。
(確か幼い頃、高津に住んでいた従姉達の遊びに積もった枯(松)葉の上を滑るスキー(「こっぱズキー」?)をやっていたような記憶が…今はそんな松林はないな~)
②でっ!素人でも発見できるのか?…西洋ではブタとか使って探しているように、トリュフ系のキノコは見つけにくいんじゃないか?(土の中にあるから)と思っていましたが、やはりショウロもそう簡単には見つからないようです。父によると「ちょこっと頭をのぞかせているところを見つけられるか」がポイントのようで…マツタケと似てますね。
Yahoo ニュース 4月18日
三大珍味トリュフ国内自生15種 東大研究所 遺伝子解析で確認
世界三大珍味のひとつとされ、高級食材として珍重されるトリュフの仲間(セイヨウショウロ属)が、国内に少なくとも15種自生していることを、東京大アジア生物資源環境研究センター(東京都西東京市)などが、初の遺伝子解析による分類で突き止めた。国内では従来、数種類が報告されていたが、これを大きく上回り、ほとんどが新種とみられるという。ただ、これらが食用に適するかは詳しく調べておらず不明という。
「条件に合ったマツやコナラなどの林があれば、日本ではどの地域でもトリュフが見つかる可能性がある」
…つまり、まずは、マツやコナラの林(群落)を探すことから始めないといけないようですが、益田市をはじめ山陰側の松林(益田市の海辺だけでなく、山地の方でも)はかなり「松枯れ」現象が起きているわけで…今でも「松露(しょうろ)」はとれるんでしょうか?
そういえば、益田市の蟠竜湖の近くに「万葉ホテル松露苑」ってあるから期待はできそう?
ちなみに今から30年以上前、母親の実家の裏山では「マツタケ」が(本当に)たくさん取れていました。しかし今は(松枯れ現象で)松の木全滅…収穫ゼロです

益田市は(松枯れさえなければ)環境的には松露は良く育ったはずなんで、かなり残念ですな。でも頑張って探してみマスダ!
【この投稿に関連する益田市周辺の情報(過去の投稿より)】
>>益田市の松林を救え「大塚緑の少年団」 2008年12月12日
>>松も枯れ…柿本人麿さんにもアシッドライン 益田市 2008年12月25日
>>森の再生 益田市「ボランティア高津川 森の会」の活動 2009年01月12日
>>黄砂で車に模様ができる地方(益田市の黄砂の状況画像) 2009年02月21日
【へんしゅう後記】
トリュフといいつつ、ショウロ(松露)の話題なってしまいました(笑)
いろいろ、聞いてみると益田市の高津には以前はショウロの畑(?)があったようです。当然既存の松林を利用して、ショウロに適した空間を作っていたのでしょうが…天然物のショウロの可能性は?と尋ねてみたところ…全くゼロというわけではなく、益田市の浜で残存した松林ではショウロ確認の「噂」は最近でもあるようです。
では、ショウロ発見のためのポイントについて…(父より)
①ショウロのありそうな場所…ショウロのありそうな場所として松林は当然のことながら(今のところ分かっている)ことは、松の落ち葉がたっぷりあること!らしいです。
(確か幼い頃、高津に住んでいた従姉達の遊びに積もった枯(松)葉の上を滑るスキー(「こっぱズキー」?)をやっていたような記憶が…今はそんな松林はないな~)
②でっ!素人でも発見できるのか?…西洋ではブタとか使って探しているように、トリュフ系のキノコは見つけにくいんじゃないか?(土の中にあるから)と思っていましたが、やはりショウロもそう簡単には見つからないようです。父によると「ちょこっと頭をのぞかせているところを見つけられるか」がポイントのようで…マツタケと似てますね。
2009年04月17日
ズミ(酢実)(もしかしたらイヌリンゴ)の花に思う
益田市周辺の山々を車で走りまわっているといろいろな(自分にとって)珍しい植物に出会うことができます。
今回ご紹介する花は「ズミ」の花
「ズミ」って知ってました?漢字では「酢実」と書くそうです。(学名:Malus sieboldii)
(益田市の万葉公園、万葉植物園には無い植物…否、まだ発見できていない植物です)
最初は、(遠目で)山桜かその一種かと思いましたが、木の表面といい、葉といい、何より花の形が桜系じゃない…
リンゴ系じゃないか?という仮説のもとに、ネットでのべ1時間ぐらいかけて調べて得た結論です…

別名がコリンゴ(小林檎)、コナシ(小梨)…そしてミツバカイドウ(三葉海棠)というそうでして…コリンゴという点で私の眼力もちょっとレベルアップしたんじゃないかと地味に感激しました
さらに、もしかしたら…ズミ(酢実)はリンゴやナシの原種にあたる植物に近いのではないかと…
【おことわり】
※投稿者(益田太郎)は民(間)俗学者でありまして、植物の専門家ではありません。ネットや図鑑などで一生懸命調べていますが、誤った植物名等の情報を記載している場合も(かなり)あると思います。お気づきの点がありましたらコメントにてご教授・ご指導をお願いしマスダ!

発見した場所は先日ご紹介しました益田市美都町の「金浪桜」へ向かう山道と、これまた先日、津和野町へ行く途中、唐人屋トンネルの手前の2か所です。(何かこの花に特別なものを感じたので…(笑))
ちなみに金浪桜については
>>金浪桜を知る(益田市美都町山本)2009年4月13日
>>金浪桜を訪ねて(益田市美都町山本)2009年4月15日
をご参照ください。
※上の「ズミ」の花の画像2枚は吉賀町の史跡唐人焼窯跡と唐人屋トンネルの間で見つけたものです。
【民(間)俗学的視点から…「もしかしたらイヌリンゴ」説】
さて!ここからが本題なんじゃが、
とりあえずこの花はズミ(酢実)またはその系とおもうのじゃが…ズミ(酢実)やミツバカイドウ(三葉海棠)でネットで少し調べていくと、これらの果実は(小林檎)とも呼ばれるように大変小さい。リンゴの種類でこのような小さい実がなものを園芸の世界では「クラブアップル」というそうじゃ!
※知ったのはこのサイト>>美しい花、かわいらしい果実など、いろいろ楽しめるリンゴの木『NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 リンゴ』(Jan.16,2007)
(さすがNHK趣味の園芸!…中途半端な農業専門出版社よりもわかりやすくて、中身も濃いぞ!)
で、このクラブアップルのくだり、引用すると…
イヌリンゴ!…これまたネットで「イヌリンゴ 花」で調べてみると、瓜二つじゃ!
イヌリンゴ!…中国から!?…そして、ここは…吉賀町の史跡唐人焼窯跡にほど近い!
昔々、ここにつれてこられた唐の人が…故郷(中国)のイヌリンゴの種を植え…そして、そのイヌリンゴの子孫が生き続けている…
(こんな観察と空想と検証をすることが、益田太郎が提唱する民(間)俗学の醍醐味なんじゃ!
)

吉賀町の史跡唐人焼窯跡については後日、特集をします(カモ)
でも一応場所だけはMAP載せときます…
【MAP:唐人焼窯跡 吉賀町】
今回ご紹介する花は「ズミ」の花
「ズミ」って知ってました?漢字では「酢実」と書くそうです。(学名:Malus sieboldii)
(益田市の万葉公園、万葉植物園には無い植物…否、まだ発見できていない植物です)
最初は、(遠目で)山桜かその一種かと思いましたが、木の表面といい、葉といい、何より花の形が桜系じゃない…
リンゴ系じゃないか?という仮説のもとに、ネットでのべ1時間ぐらいかけて調べて得た結論です…

別名がコリンゴ(小林檎)、コナシ(小梨)…そしてミツバカイドウ(三葉海棠)というそうでして…コリンゴという点で私の眼力もちょっとレベルアップしたんじゃないかと地味に感激しました

さらに、もしかしたら…ズミ(酢実)はリンゴやナシの原種にあたる植物に近いのではないかと…
【おことわり】
※投稿者(益田太郎)は民(間)俗学者でありまして、植物の専門家ではありません。ネットや図鑑などで一生懸命調べていますが、誤った植物名等の情報を記載している場合も(かなり)あると思います。お気づきの点がありましたらコメントにてご教授・ご指導をお願いしマスダ!

発見した場所は先日ご紹介しました益田市美都町の「金浪桜」へ向かう山道と、これまた先日、津和野町へ行く途中、唐人屋トンネルの手前の2か所です。(何かこの花に特別なものを感じたので…(笑))
ちなみに金浪桜については
>>金浪桜を知る(益田市美都町山本)2009年4月13日
>>金浪桜を訪ねて(益田市美都町山本)2009年4月15日
をご参照ください。
※上の「ズミ」の花の画像2枚は吉賀町の史跡唐人焼窯跡と唐人屋トンネルの間で見つけたものです。
【民(間)俗学的視点から…「もしかしたらイヌリンゴ」説】
さて!ここからが本題なんじゃが、
とりあえずこの花はズミ(酢実)またはその系とおもうのじゃが…ズミ(酢実)やミツバカイドウ(三葉海棠)でネットで少し調べていくと、これらの果実は(小林檎)とも呼ばれるように大変小さい。リンゴの種類でこのような小さい実がなものを園芸の世界では「クラブアップル」というそうじゃ!
※知ったのはこのサイト>>美しい花、かわいらしい果実など、いろいろ楽しめるリンゴの木『NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 リンゴ』(Jan.16,2007)
(さすがNHK趣味の園芸!…中途半端な農業専門出版社よりもわかりやすくて、中身も濃いぞ!)
で、このクラブアップルのくだり、引用すると…
<美しい花、かわいらしい果実など、いろいろ楽しめるリンゴの木>(※赤字強調は益田市太郎による)
私たちがよく知っている、大きな実のなる西洋リンゴだけがリンゴの木ではありません。ほかにもさまざまな種類、品種があり、リンゴ栽培の楽しみを広げてくれます。
「欧米では小さな果実がなるリンゴをクラブアップルと呼んで、庭や公園に植えたり、街路樹に使うなどしています。春先にサクラに似た美しい花が咲き、秋に赤く熟す小果と黄色の葉もとてもきれいです。(中略)
色も形も大きさもいろいろ。クラブアップルの果実
クラブアップルにはきれいでかわいい実が楽しめるグループと、特に花が美しいフラワリングクラブアップルと呼ばれるグループがあり、前述のハナカイドウは後者に入ります。
「日本にはミツバカイドウやコバノイズミという野生種のクラブアップルがあります。これらは盆栽や台木として利用されてきました。また、中国から日本に伝わった野生のクラブアップルの仲間に、イヌリンゴがあります。かわいらしい実をつけるリンゴとして知られるヒメリンゴは中国原産のイヌリンゴの種子から生まれたと考えられ、正式にはイヌリンゴの仲間です」 (上記サイト:『NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 リンゴ』(Jan.16,2007)より引用)
イヌリンゴ!…これまたネットで「イヌリンゴ 花」で調べてみると、瓜二つじゃ!

イヌリンゴ!…中国から!?…そして、ここは…吉賀町の史跡唐人焼窯跡にほど近い!
昔々、ここにつれてこられた唐の人が…故郷(中国)のイヌリンゴの種を植え…そして、そのイヌリンゴの子孫が生き続けている…
(こんな観察と空想と検証をすることが、益田太郎が提唱する民(間)俗学の醍醐味なんじゃ!
)吉賀町の史跡唐人焼窯跡については後日、特集をします(カモ)

でも一応場所だけはMAP載せときます…
【MAP:唐人焼窯跡 吉賀町】
2009年04月16日
流鏑馬神事で有名な鷲原八幡宮の楼門を見る
先日(4月13日月曜日)久しぶりに益田市から津和野町へ、津和野の道の駅「津和野温泉 なごみの里」でヤマブキとミツバチの夢の共演を偶然発見!
※参照>>ヤマブキはミツバチを育む(ヤマブキパワーの研究)2009年04月14日投稿分
その後、イザ!津和野の筆頭神社である鷲原八幡宮へ(近いっす!)
津和野町の鷲原八幡宮は、無形民俗文化財「流鏑馬(やぶさめ)神事」で全国的にも有名ですネ!
流鏑馬(やぶさめ)は津和野藩亀井公が江戸表において小笠原流の流鏑馬を修得されたことに始まるといわれる、歴史ある行事です。(鎌倉の鶴岡八幡宮を模したもので、全長270m。昔の原形をとどめた馬場としては日本で唯一の存在…ということらしいですョ!)
Yahoo ニュース4月15日
流鏑馬神事:すごい迫力!感動--津和野・鷲原八幡宮 /島根県
今年の津和野町の「流鏑馬(やぶさめ)神事」は2009年ななんと4月12日!
つまり、私が(実は初めて)鷲原八幡宮に行った前の日でした…どうりで、馬の走った跡が砂地に残っとったわけじゃ…兵どもが夢の跡か…残念!
…そういえば、益田市でも柿本神社の八朔祭(はっさく祭)…(毎年9月1日(陰暦8月1日はかの柿本人麻呂の誕生日)で流鏑馬神事があることを思い出した…
(※益田市の柿本神社の八朔祭については、今年6月に復刻される「高津町誌」に基づき現地ルポ予定です
)
でも今回の津和野の鷲原八幡宮訪問の目的は、
「鷲原八幡宮楼門」を鑑賞させていただくこと!
(実はマイブームなわけで…参照:>>益田市の柿本神社をじっくり拝見(その1 鳥居~楼門編)(2009年04月12日)
さて、鷲原八幡宮社殿(島根県指定文化財(建造物)(昭和47年3月31日指定))の楼門については…
「鷲原八幡宮社殿(本殿・楼門)津和野町教育委員会津和野町教育委員会」
を参考にしつつご紹介しましょう。
まずは鳥居をくぐって…おおっ!見えてきました「鷲原八幡宮とその楼門」
この神社は永禄11年(1568)吉見正頼により造営されました。正徳元年(1711)第三代藩主亀井茲親(かめい これちか)が大修理を施し、津和野藩内の筆頭神社としました。(ちなみに益田市の柿本神社は時の津和野藩主、亀井茲政(かめい これまさ)が、延宝9年(1681)に建立したそうです。)
※ちなみに亀井茲政の三男が亀井茲親 (敬称略)
楼門、拝殿、本殿が一軸上にあり、この社殿配置は、大内氏が造営した今八幡宮(山口市)などに見ることができます。

(中略)
楼門は一間一戸楼門で、両脇に同じ梁間の翼廊を二間ずつ延ばし、正面に前流れの向拝があります。屋根は入母屋造り茅葺、向拝は檜皮葺、翼廊は切妻造りでこけら葺の上に桟瓦をのせます。向拝冠木中央に配した蟇股および柱状の手狭みに室町期の技法をみることができます。

「全体的に装飾が少なく、中世紀末期の流造り社殿様式を踏襲し、地方的特色を持っている…」

楼門と鳥居が一体化しているような構造ですね!(それにしても向拝、翼廊、桟瓦、冠木、蟇股…ううう…建築用語は難しいのお~)

難しい建築用語はさておき、この屋根、入母屋造り…特に「茅葺」…(下からですが)…ピシッとした感じが好きです…私は
【匠の建築用語の読み方】
・向拝(こうはい)
・翼廊(よくろう)
・桟瓦(さんがわら)
・冠木(かぶき)
・蟇股(かえるまた)
匠の建築用語…読み方を調べるだけで力尽きました
…意味は(ご自身で…ネット等で)調べてください(スミマセン)
<鷲原八幡宮社殿(本殿・楼門)の説明看板:津和野町教育委員会津和野町教育委員会>

【へんしゅう後記】
益田市にも津和野の亀井の殿様がてがけた事業が柿本神社(益田市高津町)の他にもいっぱいあるんで…これからぼちぼち紹介しますよ!
で、とりあえず、これまでの投稿の中で亀井の殿様がらみというと…
益田太郎が選ぶ「益田市の(プチ)秘境 シリーズ」での人形峠(じんぎょう峠) の絶景スポット「駕籠立(かごたて)」があります。
>>人形峠(じんぎょう峠) 益田市飯浦町(2008年12月27日)
【MAP:鷲原八幡宮 島根県鹿足郡津和野町鷲原イ632-2 】
※「航空写真」モードにしてズームアップすると…流鏑馬(やぶさめ)をする馬場がわかるよ!
(ちなみに、鷲原八幡宮の馬場は国内で唯一、当時の形をほぼ完全に残している馬場として島根県の県史跡に指定されているそうです。)
※参照>>ヤマブキはミツバチを育む(ヤマブキパワーの研究)2009年04月14日投稿分
その後、イザ!津和野の筆頭神社である鷲原八幡宮へ(近いっす!)
津和野町の鷲原八幡宮は、無形民俗文化財「流鏑馬(やぶさめ)神事」で全国的にも有名ですネ!
流鏑馬(やぶさめ)は津和野藩亀井公が江戸表において小笠原流の流鏑馬を修得されたことに始まるといわれる、歴史ある行事です。(鎌倉の鶴岡八幡宮を模したもので、全長270m。昔の原形をとどめた馬場としては日本で唯一の存在…ということらしいですョ!)
Yahoo ニュース4月15日
流鏑馬神事:すごい迫力!感動--津和野・鷲原八幡宮 /島根県
天下泰平、五穀豊穣(ほうじょう)などを願う津和野町の無形民俗文化財「流鏑馬(やぶさめ)神事」が12日、同町鷲原の鷲原八幡宮であり、県内外から約5000人の観客が詰めかけた。
同八幡宮の馬場は室町時代末期、鎌倉の鶴岡八幡宮を模して造られたといわれ、国内で唯一、当時の形をほぼ完全に残している馬場として県史跡に指定されている。神事は、馬場で午前と午後の2回行われ、鎌倉時代などの装束を身に着けた約30人の射手が馬上から約240メートルの馬場に立てられた三つの的に向け、勇壮な掛け声とともに矢を射った。矢が的を射るたびに、集まった観客からは歓声と拍手が起こった。(以下略)
今年の津和野町の「流鏑馬(やぶさめ)神事」は2009年ななんと4月12日!
つまり、私が(実は初めて)鷲原八幡宮に行った前の日でした…どうりで、馬の走った跡が砂地に残っとったわけじゃ…兵どもが夢の跡か…残念!
…そういえば、益田市でも柿本神社の八朔祭(はっさく祭)…(毎年9月1日(陰暦8月1日はかの柿本人麻呂の誕生日)で流鏑馬神事があることを思い出した…(※益田市の柿本神社の八朔祭については、今年6月に復刻される「高津町誌」に基づき現地ルポ予定です
)でも今回の津和野の鷲原八幡宮訪問の目的は、
「鷲原八幡宮楼門」を鑑賞させていただくこと!
(実はマイブームなわけで…参照:>>益田市の柿本神社をじっくり拝見(その1 鳥居~楼門編)(2009年04月12日)
さて、鷲原八幡宮社殿(島根県指定文化財(建造物)(昭和47年3月31日指定))の楼門については…
「鷲原八幡宮社殿(本殿・楼門)津和野町教育委員会津和野町教育委員会」
を参考にしつつご紹介しましょう。
まずは鳥居をくぐって…おおっ!見えてきました「鷲原八幡宮とその楼門」
この神社は永禄11年(1568)吉見正頼により造営されました。正徳元年(1711)第三代藩主亀井茲親(かめい これちか)が大修理を施し、津和野藩内の筆頭神社としました。(ちなみに益田市の柿本神社は時の津和野藩主、亀井茲政(かめい これまさ)が、延宝9年(1681)に建立したそうです。)
※ちなみに亀井茲政の三男が亀井茲親 (敬称略)
楼門、拝殿、本殿が一軸上にあり、この社殿配置は、大内氏が造営した今八幡宮(山口市)などに見ることができます。
(中略)
楼門は一間一戸楼門で、両脇に同じ梁間の翼廊を二間ずつ延ばし、正面に前流れの向拝があります。屋根は入母屋造り茅葺、向拝は檜皮葺、翼廊は切妻造りでこけら葺の上に桟瓦をのせます。向拝冠木中央に配した蟇股および柱状の手狭みに室町期の技法をみることができます。
「全体的に装飾が少なく、中世紀末期の流造り社殿様式を踏襲し、地方的特色を持っている…」
楼門と鳥居が一体化しているような構造ですね!(それにしても向拝、翼廊、桟瓦、冠木、蟇股…ううう…建築用語は難しいのお~)
難しい建築用語はさておき、この屋根、入母屋造り…特に「茅葺」…(下からですが)…ピシッとした感じが好きです…私は

【匠の建築用語の読み方】
・向拝(こうはい)
・翼廊(よくろう)
・桟瓦(さんがわら)
・冠木(かぶき)
・蟇股(かえるまた)
匠の建築用語…読み方を調べるだけで力尽きました
…意味は(ご自身で…ネット等で)調べてください(スミマセン)<鷲原八幡宮社殿(本殿・楼門)の説明看板:津和野町教育委員会津和野町教育委員会>
【へんしゅう後記】
益田市にも津和野の亀井の殿様がてがけた事業が柿本神社(益田市高津町)の他にもいっぱいあるんで…これからぼちぼち紹介しますよ!
で、とりあえず、これまでの投稿の中で亀井の殿様がらみというと…
益田太郎が選ぶ「益田市の(プチ)秘境 シリーズ」での人形峠(じんぎょう峠) の絶景スポット「駕籠立(かごたて)」があります。
>>人形峠(じんぎょう峠) 益田市飯浦町(2008年12月27日)
【MAP:鷲原八幡宮 島根県鹿足郡津和野町鷲原イ632-2 】
※「航空写真」モードにしてズームアップすると…流鏑馬(やぶさめ)をする馬場がわかるよ!

(ちなみに、鷲原八幡宮の馬場は国内で唯一、当時の形をほぼ完全に残している馬場として島根県の県史跡に指定されているそうです。)
2009年04月15日
金浪桜を訪ねて(益田市美都町山本)
先日(4月13日)に投稿しました、益田市美都町山本にあるという金浪桜(きんなみ桜)…金浪夫妻が50年間かけてコツコツ育ててきた桜並木…やっぱり気になったし、コメントを下さった鮮魚店店長さんの為にも(笑)と思い。今日、益田市の美都町都茂方面の用事の「前」に、寄らせていただきました。
実は、私が益田市美都町の金浪桜を知ったのはつい最近のことです。
>>金浪桜を知る(益田市美都町山本)2009年4月13日
金浪桜(きんなみ桜)の具体的な場所はわからず…
金浪桜の桜並木は、益田市美都町の桜の名所「金谷の城山桜」から
金谷城山桜(参照>>金谷の城山桜と周辺の風景(益田市美都町))2009年4月3日
①「約2キロほど山道を登りつめた所にある。」
②「車で細い山道を上って行くと突如、視界が開け、薄桃色や濃いピンクの花々が出迎えてくれる。」
という毎日新聞さんの4月11日朝刊の情報だけを頼りでした…(地元の方とは一人も出会いませんでしたし…)
本当に細くて急勾配の道を恐る恐る…そして「本当にこの道でいいんか!?」という不安を持ちながら10分程度登りきったところで…
金浪桜も今日の段階では既に満開時期は過ぎていることは想定できましたが…それでもすぐにわかりました。毎日新聞さんの記事通り、山をのぼりつめたところで、ぶわーっと桜並木が目に飛び込んできました!

金浪桜並木はお宅の方に向かってのびています…想像してください!

金浪桜並木今は50本と言いますが、もともと100本の桜があったそうです。
しかも、この桜並木、金浪夫妻お2人が50年間かけてコツコツ育て上げてきたというから、そりゃ~もう感動的です!

この金浪桜並木がある場所から中国山地が良く見えます。

どうですか!(中国山地、益田市の山々…じゃなくて(笑))
この金浪桜のある場所がかなり高いところにあるかが伝わったでしょうか…
【金浪桜と金浪夫妻】
毎日新聞 4月11日朝刊(※4月13日に「投稿した「金浪桜を知る(益田市美都町山本)」際の引用記事の後半部分です)
金浪桜:半世紀守った 夫妻迎え、今年も満開--益田市美都町山本の山頂 /島根県
【へんしゅう後記】
くどいようじゃが、来年は金浪桜の満開状態を必ずや投稿させていただきマスダ!
実は、私が益田市美都町の金浪桜を知ったのはつい最近のことです。
>>金浪桜を知る(益田市美都町山本)2009年4月13日
金浪桜(きんなみ桜)の具体的な場所はわからず…

金浪桜の桜並木は、益田市美都町の桜の名所「金谷の城山桜」から
金谷城山桜(参照>>金谷の城山桜と周辺の風景(益田市美都町))2009年4月3日
①「約2キロほど山道を登りつめた所にある。」
②「車で細い山道を上って行くと突如、視界が開け、薄桃色や濃いピンクの花々が出迎えてくれる。」
という毎日新聞さんの4月11日朝刊の情報だけを頼りでした…(地元の方とは一人も出会いませんでしたし…)
本当に細くて急勾配の道を恐る恐る…そして「本当にこの道でいいんか!?」という不安を持ちながら10分程度登りきったところで…
金浪桜も今日の段階では既に満開時期は過ぎていることは想定できましたが…それでもすぐにわかりました。毎日新聞さんの記事通り、山をのぼりつめたところで、ぶわーっと桜並木が目に飛び込んできました!

金浪桜並木はお宅の方に向かってのびています…想像してください!
金浪桜並木今は50本と言いますが、もともと100本の桜があったそうです。
しかも、この桜並木、金浪夫妻お2人が50年間かけてコツコツ育て上げてきたというから、そりゃ~もう感動的です!

この金浪桜並木がある場所から中国山地が良く見えます。
どうですか!(中国山地、益田市の山々…じゃなくて(笑))
この金浪桜のある場所がかなり高いところにあるかが伝わったでしょうか…

【金浪桜と金浪夫妻】
毎日新聞 4月11日朝刊(※4月13日に「投稿した「金浪桜を知る(益田市美都町山本)」際の引用記事の後半部分です)
金浪桜:半世紀守った 夫妻迎え、今年も満開--益田市美都町山本の山頂 /島根県
桜は、夫妻が約50年前、自宅前の空き地にボタン桜、八重桜、ソメイヨシノなど4~5種類、約100本を植えたのが始まり。
以来、2人で草刈りや虫取りなど、愛情を持って育てたが、半数近くは枯れてしまった。しかし、残った約50本は今も見事な花を咲かせ、花見の時期には地元や遠方から訪れた“ファン”でにぎわう。なかには九州から訪れる人もいたという。
自宅を離れ、「もう年だから、どうにもならんね」とぼやく政市さんだが、老人ホームの自室にも30年前に撮影した桜並木の写真を大切に飾り、今も気にかけている。10日は施設職員の計らいで2人で自宅での花見が実現した。十分な手入れができないためか「今年の花は駄目だなあ」と言う政市さんだが、ホームに飾るためにキシさんと何本かを手折り、大切に持ち帰った。
【へんしゅう後記】
くどいようじゃが、来年は金浪桜の満開状態を必ずや投稿させていただきマスダ!
2009年04月14日
ヤマブキはミツバチを育む(ヤマブキパワーの研究)
今年は、個人的に益田市周辺の山間部に咲くヤマブキ(山吹)の花に大注目!
理由については>>ヤマブキの花と金運について(益田市万葉植物園にて)(2009年3月26日)
益田市内や吉賀町を車で走っていて黄色で目立つヤマブキの花を発見するたびにコツコツ撮影したものです。
>>天然ヤマブキの群落(於:津和野町、吉賀町)(2009年3月31日)
なんといっても天然ヤマブキの群落、一番多かったのは国道488号線沿い(匹見川に沿った国道)でした。
(やはり、匹見川は益田市の清流日本一の高津川の支流ですが、自然の景観や動植物のバラエティーの豊富さは本流高津川をしのぐと(わしは勝手に思っとる…スミマセン)ついでに、アユも匹見川のものが段違いに美味いそうです…アユの「通」情報
)

ヤマブキの群落のデカさといい、花の黄金色の濃さと言い、益田市の匹見川沿いはまさにヤマブキのメッカである!(と思ふ
)ということは、ミネラルやレアメタルが豊富なのかもしれん…
益田市美都町の金谷の城山桜を見に行く途中でも発見したし…

花々の黄金色が滝のように溢れているようなヤマブキは見ているだけで元気になるもんです!
そして、(いよいよ)今日のタイトル関連について!
先日、日本国内のミツバチ(西洋ミツバチ)が減少していることを知り
野に元気よく咲く花を見るとミツバチがおるかもしれんと、ついつい見るくせが…
関連投稿
>>益田市のレンゲ畑にはミツバチはいるか?(2009年4月8日)
>>失踪はセイヨウミツバチでした。(2009年4月10日)
実は、昨日、津和野町の道の駅「津和野温泉 なごみの里」の駐車場奥にに生垣状に育ったヤマブキを発見
…今年発見した最大規模のヤマブキ!

…ナイアガラの滝のようなヤマブキウェーブ!
近づいてみるとそこにはミツバチの姿が!(日本ミツバチでしょうか?)

わかりますか?あちこちで仕事しています。

ヤマブキの黄金色の花から花へとコツコツと仕事をしているミツバチの姿は妙に好感がもてるものですネ
それにしても、やはり津和野は「山陰の小京都」コンテンツは伊達じゃない!
※津和野町の道の駅「津和野温泉 なごみの里」は島根のもっとも西にある「道の駅」だそうです…
MAP:津和野町の道の駅「津和野温泉 なごみの里」
理由については>>ヤマブキの花と金運について(益田市万葉植物園にて)(2009年3月26日)
益田市内や吉賀町を車で走っていて黄色で目立つヤマブキの花を発見するたびにコツコツ撮影したものです。
>>天然ヤマブキの群落(於:津和野町、吉賀町)(2009年3月31日)
なんといっても天然ヤマブキの群落、一番多かったのは国道488号線沿い(匹見川に沿った国道)でした。
(やはり、匹見川は益田市の清流日本一の高津川の支流ですが、自然の景観や動植物のバラエティーの豊富さは本流高津川をしのぐと(わしは勝手に思っとる…スミマセン)ついでに、アユも匹見川のものが段違いに美味いそうです…アユの「通」情報
)ヤマブキの群落のデカさといい、花の黄金色の濃さと言い、益田市の匹見川沿いはまさにヤマブキのメッカである!(と思ふ
)ということは、ミネラルやレアメタルが豊富なのかもしれん…益田市美都町の金谷の城山桜を見に行く途中でも発見したし…
花々の黄金色が滝のように溢れているようなヤマブキは見ているだけで元気になるもんです!
そして、(いよいよ)今日のタイトル関連について!
先日、日本国内のミツバチ(西洋ミツバチ)が減少していることを知り
野に元気よく咲く花を見るとミツバチがおるかもしれんと、ついつい見るくせが…
関連投稿
>>益田市のレンゲ畑にはミツバチはいるか?(2009年4月8日)
>>失踪はセイヨウミツバチでした。(2009年4月10日)
実は、昨日、津和野町の道の駅「津和野温泉 なごみの里」の駐車場奥にに生垣状に育ったヤマブキを発見
…今年発見した最大規模のヤマブキ!…ナイアガラの滝のようなヤマブキウェーブ!
近づいてみるとそこにはミツバチの姿が!(日本ミツバチでしょうか?)
わかりますか?あちこちで仕事しています。
ヤマブキの黄金色の花から花へとコツコツと仕事をしているミツバチの姿は妙に好感がもてるものですネ

それにしても、やはり津和野は「山陰の小京都」コンテンツは伊達じゃない!
※津和野町の道の駅「津和野温泉 なごみの里」は島根のもっとも西にある「道の駅」だそうです…
2009年04月13日
金浪桜を知る(益田市美都町山本)
今年は今までになく益田市周辺の春の花(植物)について語ることが多かったような気がします(まだまだ続くんですが…)
益田市の桜は3月の中ごろから咲き始め、このブログでは益田市美都町の有名な金谷の城山桜を取り上げました。
参照>>金谷の城山桜と周辺の風景(益田市美都町)
実は、益田市の同じく美都町に「金浪桜(きんなみ桜)」という桜があることを(Yahoo ニュース、元記事は4月11日の 毎日新聞朝刊)今日初めて知りました。
金浪桜は、(観光地の桜と違って)金浪夫妻が約50年前、自宅前の空き地にボタン桜、八重桜、ソメイヨシノなど、約100本を植えたのが始まりという、まさに、半世紀かけてつくった夫婦手作りの桜並木ということです。(金浪桜、来年はバッチリ撮影しますョ!)
金浪桜がある場所は金谷の城山桜から約2キロほど山道を登り詰めた所にあるそうです…
近くまで行っとったのにの~
Yahoo ニュース 4月11日
金浪桜:半世紀守った 夫妻迎え、今年も満開--益田市美都町山本の山頂 /島根県
【へんしゅう後記】
益田市美都町の金谷の城山桜まで行って、そのちょっと先に金浪桜という素晴らしい桜並木が…(ちょっと違うんですが)徒然草の仁和寺にある法師(徒然草』第52段)を思い出しました。
まさに、「すこしのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。」を痛感しましたわい。
益田市の桜は3月の中ごろから咲き始め、このブログでは益田市美都町の有名な金谷の城山桜を取り上げました。
参照>>金谷の城山桜と周辺の風景(益田市美都町)
実は、益田市の同じく美都町に「金浪桜(きんなみ桜)」という桜があることを(Yahoo ニュース、元記事は4月11日の 毎日新聞朝刊)今日初めて知りました。
金浪桜は、(観光地の桜と違って)金浪夫妻が約50年前、自宅前の空き地にボタン桜、八重桜、ソメイヨシノなど、約100本を植えたのが始まりという、まさに、半世紀かけてつくった夫婦手作りの桜並木ということです。(金浪桜、来年はバッチリ撮影しますョ!)
金浪桜がある場所は金谷の城山桜から約2キロほど山道を登り詰めた所にあるそうです…
近くまで行っとったのにの~

Yahoo ニュース 4月11日
金浪桜:半世紀守った 夫妻迎え、今年も満開--益田市美都町山本の山頂 /島根県
「金浪(きんなみ)桜」。夫婦の名前を冠して、地元の人からそう呼ばれ、親しまれている桜並木が益田市美都町山本の山頂にある。半世紀にわたり、桜を育ててきた金浪政市さん(95)、キシさん(88)夫妻は昨年5月、キシさんの病気をきっかけにふもとの老人ホームに入所。今は県外に住む子どもたちが時折、訪れては草刈りなどをしている。約50本の桜並木は今年も満開となり10日、金浪さん夫妻を迎えた。(以下略)
【へんしゅう後記】
益田市美都町の金谷の城山桜まで行って、そのちょっと先に金浪桜という素晴らしい桜並木が…(ちょっと違うんですが)徒然草の仁和寺にある法師(徒然草』第52段)を思い出しました。
まさに、「すこしのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。」を痛感しましたわい。
2009年04月12日
益田市の柿本神社をじっくり拝見(その1 鳥居~楼門編)
益田市の高津町にあり、島根県の文化財の柿本神社(かきのもと神社)を画像を中心にご案内します。
柿本神社は益田市の高津町にあり、万葉の歌人である柿本人麿(かきのもとひとまろ)をまつっている神社です。
柿本人麿は、天武天皇、持統天皇、文武天皇朝に宮廷歌人として仕えられ、神亀元年(724年)、益田市沖にあったという鴨島という島で亡くなられたといいます。
(益田市の柿本神社の歴史に関しては、今年6月に復刻出版される(という)益田市の歴史を堪能する上で、
まさに「これぞ、至宝の書!」と噂される「高津町誌」
をもとに再度、現地ルポとあわせてかなりマニアックに特集したいと思っています。
)
さて、まずは柿本神社の入口の鳥居です。
(上方に見えるのが今回、主にご案内することになる「柿本神社楼門(ろうもん)」になります)

おおっ!偶然ですが…白い影!まるで人麿さんが人々に歌を詠み聞かせるに映っとるではないですか
そして本殿、拝殿に向かう石段の中ほどに建立されているのが柿本神社楼門(ろうもん)です。
楼門(ろうもん) とは、2階建てで1重目には縁のみを持ち、最上重に屋根を持つもの。楼門は、二階造りの門のことで、二重門も本来は楼門といった。2重の屋根のあるものとそうでないものがあるため現在は、楼門と二重門に分類されている(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

楼門というものは、神聖な神社への出入口になるので、かなり入念に造られているそうです。この楼門の傍に「柿本神社楼門由緒」という説明看板がありました。

やはり益田市を代表する歴史的建造物であることは間違いありませんね!かなりの歴史と由緒があるようです。

※太字、赤字強調は益田太郎による。
まさに匠の技による豪華なつくりの楼門ですね
【関連記事】
>>著莪 (しゃが)が咲く柿本神社(2009年4月9日)
>>人形岩の謎(益田市飯浦町)(2009年2月16日)
柿本神社は益田市の高津町にあり、万葉の歌人である柿本人麿(かきのもとひとまろ)をまつっている神社です。
柿本人麿は、天武天皇、持統天皇、文武天皇朝に宮廷歌人として仕えられ、神亀元年(724年)、益田市沖にあったという鴨島という島で亡くなられたといいます。
(益田市の柿本神社の歴史に関しては、今年6月に復刻出版される(という)益田市の歴史を堪能する上で、
まさに「これぞ、至宝の書!」と噂される「高津町誌」
をもとに再度、現地ルポとあわせてかなりマニアックに特集したいと思っています。
)さて、まずは柿本神社の入口の鳥居です。
(上方に見えるのが今回、主にご案内することになる「柿本神社楼門(ろうもん)」になります)
おおっ!偶然ですが…白い影!まるで人麿さんが人々に歌を詠み聞かせるに映っとるではないですか

そして本殿、拝殿に向かう石段の中ほどに建立されているのが柿本神社楼門(ろうもん)です。
楼門(ろうもん) とは、2階建てで1重目には縁のみを持ち、最上重に屋根を持つもの。楼門は、二階造りの門のことで、二重門も本来は楼門といった。2重の屋根のあるものとそうでないものがあるため現在は、楼門と二重門に分類されている(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
楼門というものは、神聖な神社への出入口になるので、かなり入念に造られているそうです。この楼門の傍に「柿本神社楼門由緒」という説明看板がありました。
やはり益田市を代表する歴史的建造物であることは間違いありませんね!かなりの歴史と由緒があるようです。
<以下、柿本神社楼門由緒より引用>
現在の柿本神社は、津和野藩主亀井茲政が、延宝9年(1681)、高角山に本殿、拝殿、楼門を建立したことから始まる。楼門は神聖な神社への出入口で、殊に入念に建造されている。これは偏に津和野藩主亀井茲政の崇敬が、篤かったことが伺える。
この楼門は、初層と上層からなり、二層とも桁行3間、梁間1.5間の三間楼門で、屋根は瓦葺きの入母屋造りである。上層には四方に切り目縁の床を張った廻縁を付け。勾欄を組み、組物は出組で、蝦尾を思わせるこぶし鼻と、柱頭の装飾的な木鼻が特徴的な折衷様式の門である。
※太字、赤字強調は益田太郎による。
まさに匠の技による豪華なつくりの楼門ですね

【関連記事】
>>著莪 (しゃが)が咲く柿本神社(2009年4月9日)
>>人形岩の謎(益田市飯浦町)(2009年2月16日)
2009年04月11日
キランソウ星人を発見しました(金瘡小草 小話)
益田市周辺での(私にとって)珍しい植物の発見報告シリーズ、今日はスーパーマクロな驚きネタです
昨年、はじめてこの花を見つけたとき「またや珍種の植物発見!」(益田市の権現山の麓の赤土の崖)と思わず喜んでしまいましたが。あとで家に戻り、
「花色でひける 野草・雑草観察図鑑~野に咲く四季の草花478種」(成美堂出版)
で調べましたところ(宣伝…この図鑑は花の色でひけるので、名前がわからない野草の花などを調べるのに便利です)
この花(草)の名前がキランソウ(金瘡小草)ということがわかりました。
さらに、キランソウの希少性をネットで調べたところ、どうやら、わりとありふれた雑草のようでした…が皆さんはご存知でしたか?
実際、一度「?」と思って調べてしまうと、案外簡単にあちこちで見つかるのも不思議ですが(ヤマブキと同じですね)
(益田市の山々など、明るい場所ではよく見かけるようになりました)
で!いきなりアップの邪道ですが…最近テクが安定してきた「スーパーマクロ」でこのキランソウを撮影したところ…!
発見しました
キランソウ星人です!

キランソウ星人…妖精のような感じがいいですね・・・
そして戯れているキランソウ星人たち…バージョン

最近見つけたのは、益田市の真砂地区の日晩山(標高744メートル)の山麓にある滝…「蛇瀧」への入口にあたる駐車場でした。(投稿記事:>>蛇瀧探検(益田市真砂地区) 2009年3月23日)

休憩所(東屋)の基礎コンクリートの割れ目を突き破るように(笑)育っていました。(これはこれで逞しい!)
そして!このキランソウの別名が大変面白い!
なんと!ジゴクノカマノフタ…地獄の釜の蓋というのです!
理由は諸説あるようですが…「花色でひける 野草・雑草観察図鑑~野に咲く四季の草花478種」(成美堂出版)によると…「(キランソウの)別名は薬草として優れているので
「地獄の釜に蓋をしてしまうようなものだ」ということから名付けられたようです
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、
優れた薬草→病が治る地獄の釜に入ることを遠ざける→(地獄の)釜にふたをする。
という論理展開(笑)のようです。
(確かに、現代人には微笑ましいかもしれんが…昔の人々は結構マジだったんじゃろうて)
そして!…このキランソウ(地獄の釜の蓋)を家の庭でのびのびと育ててみたところ!
こんな感じになりました

キランソウの地を這うような育ち方でかつ、根性(こんせい)のロゼット葉が放射状に伸びていく性質を試すためにストレス無しの環境で育てた結果です。…これこそ地獄の釜の「蓋」そのものではありませんか!
【へんしゅう後記】
今日は「おち」までが長すぎたの~(多分ここまで読んでくれた益田市民はおらんと思うが、もし、)読み通していただけた方には深く感謝しマスダ!

昨年、はじめてこの花を見つけたとき「またや珍種の植物発見!」(益田市の権現山の麓の赤土の崖)と思わず喜んでしまいましたが。あとで家に戻り、
「花色でひける 野草・雑草観察図鑑~野に咲く四季の草花478種」(成美堂出版)
で調べましたところ(宣伝…この図鑑は花の色でひけるので、名前がわからない野草の花などを調べるのに便利です)
この花(草)の名前がキランソウ(金瘡小草)ということがわかりました。
さらに、キランソウの希少性をネットで調べたところ、どうやら、わりとありふれた雑草のようでした…が皆さんはご存知でしたか?

実際、一度「?」と思って調べてしまうと、案外簡単にあちこちで見つかるのも不思議ですが(ヤマブキと同じですね)
(益田市の山々など、明るい場所ではよく見かけるようになりました)
で!いきなりアップの邪道ですが…最近テクが安定してきた「スーパーマクロ」でこのキランソウを撮影したところ…!
発見しました
キランソウ星人です!キランソウ星人…妖精のような感じがいいですね・・・
そして戯れているキランソウ星人たち…バージョン
最近見つけたのは、益田市の真砂地区の日晩山(標高744メートル)の山麓にある滝…「蛇瀧」への入口にあたる駐車場でした。(投稿記事:>>蛇瀧探検(益田市真砂地区) 2009年3月23日)
休憩所(東屋)の基礎コンクリートの割れ目を突き破るように(笑)育っていました。(これはこれで逞しい!)
そして!このキランソウの別名が大変面白い!
なんと!ジゴクノカマノフタ…地獄の釜の蓋というのです!
理由は諸説あるようですが…「花色でひける 野草・雑草観察図鑑~野に咲く四季の草花478種」(成美堂出版)によると…「(キランソウの)別名は薬草として優れているので
「地獄の釜に蓋をしてしまうようなものだ」ということから名付けられたようです
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、
開花期の全草は筋骨草(きんこつそう)という生薬である。高血圧、鎮咳、去淡、解熱、健胃、下痢止めなどに効果があるとされるが、民間薬的なものである。別名をジゴクノカマノフタというが、これは「病気を治して地獄の釜にふたをする」ということからであるとありました。
優れた薬草→病が治る地獄の釜に入ることを遠ざける→(地獄の)釜にふたをする。
という論理展開(笑)のようです。
(確かに、現代人には微笑ましいかもしれんが…昔の人々は結構マジだったんじゃろうて)
そして!…このキランソウ(地獄の釜の蓋)を家の庭でのびのびと育ててみたところ!
こんな感じになりました

キランソウの地を這うような育ち方でかつ、根性(こんせい)のロゼット葉が放射状に伸びていく性質を試すためにストレス無しの環境で育てた結果です。…これこそ地獄の釜の「蓋」そのものではありませんか!
【へんしゅう後記】
今日は「おち」までが長すぎたの~(多分ここまで読んでくれた益田市民はおらんと思うが、もし、)読み通していただけた方には深く感謝しマスダ!
2009年04月10日
比較!「熊(クマ)出没注意」益田市と北海道の場合
益田市にも熊がいるのでしょうか?熊出没注意(島根県益田市)の標識を発見しました!
先日4月6日(日曜日)に国道488号線から、益田市匹見町の谷口から石谷川沿いの林道(津和野町の左鐙(さぶみ)に抜ける)で最初の別れ道、石谷川にかかる短い道路橋の手前に設置されていました。
まずは、その標識の熊(クマ)のデザインから…目がイイっす!

動物横断注意系の道路標識は(一般的に)アニメ化、もしくはデフォルメされたの動物の絵が多い中、さすが、地味なリアリズムを追求する益田市の熊(クマ)のデザインは「リアル」なシルエット…ですね!
全体像はこんな↓感じです。

(益田市の道路地図によると)この橋を渡り、山道を登って行くと牛首峠につながり、さらに進むと益田市匹見町の広瀬というところにつながっているようです(多分)で、再び国道488号線(「牛首峠!?…ナゼ「牛首」?…このコースも興味深いな…
)
ツキノワグマはネコ目(食肉目)クマ科。島根県では絶滅危惧Ⅰ類 CR+ENとなっています。(しまねレッドデータブック 発行:山陰中央新報社)
で、益田市の山で熊(クマ)に出会ったら
益田市のホームページに役立ちそうな情報がありました…
※クマ注意!(益田市のホームページ内)
詳しくは>>http://www.city.masuda.lg.jp/soshiki/5/detail-546.html
で!今回のタイトル北海道の「熊出没注意」との比較なんですが!
一昨日、益田市のA-COOPで偶然発見しました

さすが北海道!ヒグマでしょうか!?迫力があります!(気づいたかたもいらっしゃるでしょうけど…この作品?は、藤原製麺株式会社(工場 北海道旭川市)による北海道ラーメン(インスタントラーメン)の包装袋です。
【関連投稿】
この投稿の関連ネタは以下の通り。
三子山(みつごやま)眺望ポイント(ハビ内谷林道:益田市)投稿日:2009年4月6日
野生化した山葵(ワサビ)でも…(益田市匹見町にて)投稿日:2009年4月7日
MAP:熊出没注意(島根県益田市)の標識があった場所
先日4月6日(日曜日)に国道488号線から、益田市匹見町の谷口から石谷川沿いの林道(津和野町の左鐙(さぶみ)に抜ける)で最初の別れ道、石谷川にかかる短い道路橋の手前に設置されていました。
まずは、その標識の熊(クマ)のデザインから…目がイイっす!
動物横断注意系の道路標識は(一般的に)アニメ化、もしくはデフォルメされたの動物の絵が多い中、さすが、地味なリアリズムを追求する益田市の熊(クマ)のデザインは「リアル」なシルエット…ですね!
全体像はこんな↓感じです。
(益田市の道路地図によると)この橋を渡り、山道を登って行くと牛首峠につながり、さらに進むと益田市匹見町の広瀬というところにつながっているようです(多分)で、再び国道488号線(「牛首峠!?…ナゼ「牛首」?…このコースも興味深いな…
)ツキノワグマはネコ目(食肉目)クマ科。島根県では絶滅危惧Ⅰ類 CR+ENとなっています。(しまねレッドデータブック 発行:山陰中央新報社)
で、益田市の山で熊(クマ)に出会ったら

益田市のホームページに役立ちそうな情報がありました…
※クマ注意!(益田市のホームページ内)
【構成】
1.まずクマに出会わないように!
2.もし出会ってしまったら!
※もしクマを見かけた場合は次の所へ連絡してください。
ツキノワグマ被害予防のための貸出用鈴について
詳しくは>>http://www.city.masuda.lg.jp/soshiki/5/detail-546.html
で!今回のタイトル北海道の「熊出没注意」との比較なんですが!
一昨日、益田市のA-COOPで偶然発見しました

さすが北海道!ヒグマでしょうか!?迫力があります!(気づいたかたもいらっしゃるでしょうけど…この作品?は、藤原製麺株式会社(工場 北海道旭川市)による北海道ラーメン(インスタントラーメン)の包装袋です。
【関連投稿】
この投稿の関連ネタは以下の通り。
三子山(みつごやま)眺望ポイント(ハビ内谷林道:益田市)投稿日:2009年4月6日
野生化した山葵(ワサビ)でも…(益田市匹見町にて)投稿日:2009年4月7日
MAP:熊出没注意(島根県益田市)の標識があった場所
2009年04月10日
失踪はセイヨウミツバチでした。
国内の「ミツバチがいない」という話、少し詳しいことがわかりました。まず、減少がはっきりしているのは飼育されるセイヨウミツバチつまり外来種のようです。
Yahoo ニュース 4月10日ミツバチ失踪 農薬?伝染病?環境変化? 受粉作業できず 果物高騰も
畜産草地研究所の主任研究員によると、「セイヨウミツバチの減少は、何かの環境の変化が起きている兆候かもしれない。その場合、ほかにも影響がないともいえない。自然環境に注意しないといけない」というコメントが…(農業利用でのハチといえば、トマトで利用されているマルハナバチ(外来種)には影響がないのでしょうか?)
人の手で受粉作業では、大きな産地であれば、手間も大変!当然栽培コストはあがるし…
。
地元益田市のメロンやイチゴの生産にも影響があるような気がしますが…。
セイヨウミツバチの(世界的な)失踪に関連する過去記事
>>益田市のレンゲ畑にはミツバチはいるか?(2009年4月8日投稿)
【参考※ミツバチとマルハナバチについて】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
※(セイヨウ)ミツバチって毒物の耐性が弱いんですね(ショウジョウバエの半分程度ですか…)このあたりにも集団失踪の原因究明になるヒントがあるかも!?
Yahoo ニュース 4月10日ミツバチ失踪 農薬?伝染病?環境変化? 受粉作業できず 果物高騰も
ミツバチが昨年から激減する謎の現象が起きている。農林水産省は寄生ダニが発生する病気などで大量死したのではないかと推測しているが、真相は分かっていない。農家では、イチゴやメロンなどの受粉作業にミツバチを使っているため、栽培に深刻な影響も出ており、果物の価格高騰につながりかねない。「自然環境が変化しているのか」と不安を募らせる関係者も出ている。(以下略)
畜産草地研究所の主任研究員によると、「セイヨウミツバチの減少は、何かの環境の変化が起きている兆候かもしれない。その場合、ほかにも影響がないともいえない。自然環境に注意しないといけない」というコメントが…(農業利用でのハチといえば、トマトで利用されているマルハナバチ(外来種)には影響がないのでしょうか?)
人の手で受粉作業では、大きな産地であれば、手間も大変!当然栽培コストはあがるし…
。地元益田市のメロンやイチゴの生産にも影響があるような気がしますが…。
セイヨウミツバチの(世界的な)失踪に関連する過去記事
>>益田市のレンゲ畑にはミツバチはいるか?(2009年4月8日投稿)
【参考※ミツバチとマルハナバチについて】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
日本ではニホンミツバチ、セイヨウミツバチの2種が飼育(養蜂)され、蜜の採取に使われる。また、作物の受粉にも用いられるが、蜜を出さず特殊な振動採粉をするナス科の果菜類の受粉には役に立たない。そのため、トマトやピーマンなどの受粉用にはミツバチではなくマルハナバチ(ミツバチ科マルハナバチ属)が使われる。
ニホンミツバチの野生集団を人工巣に誘導して蜂蜜を取ることも行なわれている。
(中略)
毒物への耐性は弱く、ショウジョウバエの半分程度という。
(太字強調は益田太郎による)
※(セイヨウ)ミツバチって毒物の耐性が弱いんですね(ショウジョウバエの半分程度ですか…)このあたりにも集団失踪の原因究明になるヒントがあるかも!?
2009年04月09日
皇居のお堀に「ガー」で思い出した!(益田市蟠竜湖のバス)
外来魚の「ガー(フロリダガー)」が皇居のお堀で捕まったそうです。「誰かが放流しないと存在しない魚種」ということですが、(そうだとしたら)もとはペットでしょうか?困った人がいるものです。
Yahoo ニュース 4月9日 外来魚 皇居のお堀に「ガー」 生態系乱す恐れ
また、…魚ではないのですが、益田市のお隣、山口県の萩市の指月場のお堀では外来魚ではなく外来亀(ミドリガメ系)、それもかなりデカイやつらが数十匹は群れ?をなして住んでいて、いつみても違和感を覚えます。
今回は、「皇居のお堀」だけに、ハイレベルな対策が施されると思いますので…今後の外来魚、や外来種(カメ対策)とかのお手本になりそうですね。
【益田市の蟠竜湖のブラックバスって今どうなの?】
(以下2009年4月10日加筆)
蟠竜湖県立自然公園のブラックバスについて(出処:島根県 「県民ホットライン」 2007年5月分)
【提案】 (2007年)5月16日受付
益田市にある「蟠竜湖県立自然公園」についてお聞きします。
現在、蟠竜湖県立自然公園にある湖ではルアーフィッシングができるようになっており、バス釣りをする人たちがたくさんいます。このバスはオオクチバス(ブラックバス)といわれている魚で、外来生物法のリストに載っている生物です。
昔はこの湖にはたくさんの鯉が生息していましたが、現在では数が激減しており、一番多かったころに比べて半分以下になっているのではないかと思われます。(見た目にも減っているのがわかります)
生き残っている鯉達についても気になることがあります。鯉の群れの中に小さな鯉(稚魚)が全くいないことです。ブラックバスの餌は魚類、エビなどの甲殻類。さらに鳥のヒナまでも餌とする獰猛な魚です。このブラックバスによって鯉の稚魚が食べられているのではないでしょうか。また、昔は多くいた水鳥も現在では1匹も見ることができません。
バスは生態系を壊すので全国的に問題になっています。県立自然公園で自然の生態系を壊す外来生物を放置している現状はいかがなものでしょう。ブラックバスはルアー愛好者による密放流が現在も行われているという話も聞きます。早期に駆除をしなければ湖の鯉が絶滅することも考えられます。
昨日テレビで放電による外来種の駆除のニュースがありました。あの方法を実施してはいかがですか。
蟠竜湖の鯉は小さな子供達にとても人気があります。大人も小さいころの思い出がとてもある湖です。知事にも思い出があるのではないでしょうか。ぜひともこの湖を守っていただきたいと思います。
※2007年のことですが、益田市民にはこうして益田市の自然(この場合は島根県か…)財産を大切に見守っている方がいるという事を知り嬉しくなした。
※参考までに上記提案に対する島根県 環境生活部自然環境課、農林水産部水産課 の見解を引用しておきます。
さて、近々益田市の蟠竜湖のブラックバス問題、実態調査にでも行ってきましょう…か!
Yahoo ニュース 4月9日 外来魚 皇居のお堀に「ガー」 生態系乱す恐れ
皇居のお堀(東京都千代田区)で、北米などに生息する外来魚「ガー」(体長約80センチ)が初めて捕獲された。肉食性でお堀に生息するジュズカケハゼなど在来種を食べて生態系を乱す恐れがあるという。(以下略)最近気がついたのですが、益田市の蟠竜湖県立自然公園ではバス釣り…という文字がみられました。蟠竜湖のバスはオオクチバス(ブラックバス)といわれている魚で、「ガー」と以上に有名な外来魚です。(益田市の蟠竜湖のバスについては2007年に既に島根県広聴広報課で取り上げられているので、現在は対策は施されているかもしれません…。)
また、…魚ではないのですが、益田市のお隣、山口県の萩市の指月場のお堀では外来魚ではなく外来亀(ミドリガメ系)、それもかなりデカイやつらが数十匹は群れ?をなして住んでいて、いつみても違和感を覚えます。
今回は、「皇居のお堀」だけに、ハイレベルな対策が施されると思いますので…今後の外来魚、や外来種(カメ対策)とかのお手本になりそうですね。
【益田市の蟠竜湖のブラックバスって今どうなの?】
(以下2009年4月10日加筆)
蟠竜湖県立自然公園のブラックバスについて(出処:島根県 「県民ホットライン」 2007年5月分)
【提案】 (2007年)5月16日受付
益田市にある「蟠竜湖県立自然公園」についてお聞きします。
現在、蟠竜湖県立自然公園にある湖ではルアーフィッシングができるようになっており、バス釣りをする人たちがたくさんいます。このバスはオオクチバス(ブラックバス)といわれている魚で、外来生物法のリストに載っている生物です。
昔はこの湖にはたくさんの鯉が生息していましたが、現在では数が激減しており、一番多かったころに比べて半分以下になっているのではないかと思われます。(見た目にも減っているのがわかります)
生き残っている鯉達についても気になることがあります。鯉の群れの中に小さな鯉(稚魚)が全くいないことです。ブラックバスの餌は魚類、エビなどの甲殻類。さらに鳥のヒナまでも餌とする獰猛な魚です。このブラックバスによって鯉の稚魚が食べられているのではないでしょうか。また、昔は多くいた水鳥も現在では1匹も見ることができません。
バスは生態系を壊すので全国的に問題になっています。県立自然公園で自然の生態系を壊す外来生物を放置している現状はいかがなものでしょう。ブラックバスはルアー愛好者による密放流が現在も行われているという話も聞きます。早期に駆除をしなければ湖の鯉が絶滅することも考えられます。
昨日テレビで放電による外来種の駆除のニュースがありました。あの方法を実施してはいかがですか。
蟠竜湖の鯉は小さな子供達にとても人気があります。大人も小さいころの思い出がとてもある湖です。知事にも思い出があるのではないでしょうか。ぜひともこの湖を守っていただきたいと思います。
(※太字強調は益田太郎による)
※2007年のことですが、益田市民にはこうして益田市の自然(この場合は島根県か…)財産を大切に見守っている方がいるという事を知り嬉しくなした。
※参考までに上記提案に対する島根県 環境生活部自然環境課、農林水産部水産課 の見解を引用しておきます。【回答】 5月29日回答
対応: 参考とします
蟠竜湖は、湖沼景観を主体とした県立自然公園であり、開発などを規制することでその特異な地形や地質などを保全しています。
オオクチバスは、この蟠竜湖でも1985年の環境庁(当時)の調査において、その生息が確認されています。現在では、オオクチバスが増殖したため、魚類に影響が出ているのもご指摘されたとおりです。
このオオクチバスは、平成17年6月から施行されている「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」により、その生息区域が拡大しないよう、輸入、飼育、運搬などが原則として禁止されており、違反した場合には罰則が適用されます。
この法律の制定を受けて、国内においても環境省を主体にオオクチバスなどの外来魚駆除の研究が進められ、いくつかの効果的な駆除方法も考え出されており、県ではこれらの情報を漁協へも提供しているところです。
また、オオクチバスなどによる既存生態系への影響について周知することも重要であるため、県では、今年度啓発用ポスターを作成し、外来魚の密放流防止などの意識啓発に努めることにしています。
今後も、意識啓発を行っていくとともに、漁協などの関係機関と調整を図りながら、必要に応じて対策を講じていきたいと考えています。
(環境生活部自然環境課、農林水産部水産課)
さて、近々益田市の蟠竜湖のブラックバス問題、実態調査にでも行ってきましょう…か!
2009年04月09日
著莪 (しゃが)が咲く柿本神社
一昨日、ウォーキングもかねて柿本神社(かきのもと神社)に行ってみました。
すると、著莪 (しゃが)が咲いているのに気が付きました
著莪 (しゃが「射干」とも書く)という植物は、益田市の山々では本当にたくさん育っていて(正直)それほど珍しい花ではないのですが…(最近休日となると益田市周辺の山々をドライブしまくってる私にはわかるんですが
)著莪 (しゃが)が、ここまで開花しているところは現時点では、ありません(笑)…いわゆるヒトマロさんパワーというやつでしょうか!?

(撮影日2009年4月7日)
著莪 (しゃが)は益田市の山々では(ヤマブキより)至る所で、たくさん咲いているので別に珍しくないのですが、
この著莪 の「花のデザイン」はどこで何度見ても「技あり!」と思ってしまいます。細かいの~♪
ちなみに、こんな感じで咲いておりました…(柿本神社周辺ではここしか咲いていませんのですぐにわかります(?))

さて、この著莪 (しゃが) フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
さらに、
シャガは三倍体のため種子が発生しない。このことから日本に存在する全てのシャガは同一の遺伝子を持ち、またその分布の広がりは人為的に行われたと考えることができる。中国には二倍体があり花色、花径などに多様な変異があるという。
(同じく フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

つまり、著莪 (しゃが)のこの精緻なデザインは日本全国共通(統一デザイン)ということ!(のはず…)
なんですネ。(↑この知識ならば自慢できるじゃん!?)
【へんしゅう後記】
今日ご紹介したのは、いわゆるフツーの著莪 (しゃが)ですが、益田太郎が
今年の春、絶対チェックしたい植物(花)リストにエントリーしているのは
実は姫著莪(ひめしゃが)です。益田市の島根県立万葉公園内、万葉植物園では姫著莪(ひめしゃが)の札は見つけたのですが、まだ蕾すら無い状態です。
姫著莪(ひめしゃが)は、島根県下では珍しい植物、つーか、
絶滅危惧Ⅱ類 VUとなっています。(しまねレッドデータブックより)
あと、
益田市の柿本神社(島根県益田市高津町上市イ2616-1)といえば、このブログでは昨年の年末、大晦日に
長谷川章(はせがわあきら)先生による デジタル掛軸 LIVE IN MASUDA(初日)の模様を取り上げさせていただきました…
参照※>>ミラクル柿本神社(益田市)
ですが、ふと気付いたことに益田市の柿本神社の画像を(あろうことか)このブログには掲載していないことに気づきました。
ということで、今後数回程度に分けて取り上げてみたいと思います(笑)
…今益田市で話題沸騰中の「復刻版 高津町誌」。
編集関係者によると益田市の柿本神社に関する「隠れコンテンツも満載!」ということで…楽しみですネ
MAP:益田市 柿本神社(島根県益田市高津町上市イ2616-1)
すると、著莪 (しゃが)が咲いているのに気が付きました
著莪 (しゃが「射干」とも書く)という植物は、益田市の山々では本当にたくさん育っていて(正直)それほど珍しい花ではないのですが…(最近休日となると益田市周辺の山々をドライブしまくってる私にはわかるんですが
)著莪 (しゃが)が、ここまで開花しているところは現時点では、ありません(笑)…いわゆるヒトマロさんパワーというやつでしょうか!?(撮影日2009年4月7日)
著莪 (しゃが)は益田市の山々では(ヤマブキより)至る所で、たくさん咲いているので別に珍しくないのですが、
この著莪 の「花のデザイン」はどこで何度見ても「技あり!」と思ってしまいます。細かいの~♪
ちなみに、こんな感じで咲いておりました…(柿本神社周辺ではここしか咲いていませんのですぐにわかります(?))
さて、この著莪 (しゃが) フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
シャガ(射干、著莪、学名:Iris japonica)は、アヤメ科アヤメ属の多年草
中国原産でかなり古くに日本に入ってきたものと考えられている。したがって、人為的影響の少ない自然林内にはあまり出現しない。スギ植林の林下に見られる場所などは、かつては人間が住んでいた場所である可能性が高い。
さらに、
シャガは三倍体のため種子が発生しない。このことから日本に存在する全てのシャガは同一の遺伝子を持ち、またその分布の広がりは人為的に行われたと考えることができる。中国には二倍体があり花色、花径などに多様な変異があるという。
(同じく フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
つまり、著莪 (しゃが)のこの精緻なデザインは日本全国共通(統一デザイン)ということ!(のはず…)
なんですネ。(↑この知識ならば自慢できるじゃん!?)【へんしゅう後記】
今日ご紹介したのは、いわゆるフツーの著莪 (しゃが)ですが、益田太郎が
今年の春、絶対チェックしたい植物(花)リストにエントリーしているのは
実は姫著莪(ひめしゃが)です。益田市の島根県立万葉公園内、万葉植物園では姫著莪(ひめしゃが)の札は見つけたのですが、まだ蕾すら無い状態です。
姫著莪(ひめしゃが)は、島根県下では珍しい植物、つーか、
絶滅危惧Ⅱ類 VUとなっています。(しまねレッドデータブックより)
あと、
益田市の柿本神社(島根県益田市高津町上市イ2616-1)といえば、このブログでは昨年の年末、大晦日に
長谷川章(はせがわあきら)先生による デジタル掛軸 LIVE IN MASUDA(初日)の模様を取り上げさせていただきました…
参照※>>ミラクル柿本神社(益田市)
ですが、ふと気付いたことに益田市の柿本神社の画像を(あろうことか)このブログには掲載していないことに気づきました。
ということで、今後数回程度に分けて取り上げてみたいと思います(笑)
…今益田市で話題沸騰中の「復刻版 高津町誌」。
編集関係者によると益田市の柿本神社に関する「隠れコンテンツも満載!」ということで…楽しみですネ

MAP:益田市 柿本神社(島根県益田市高津町上市イ2616-1)



