2010年01月01日
初詣で行列をみた(益田市 柿本神社)
皆さん明けましておめでとうございます!
今年はクオリティー重視
で益田市の様々な話題をとりあげていきたいと思います。
(最近の益田市太郎かなり投稿ペースが落ちていますし
)
本日は初詣ということで益田市の柿本神社へ行ってきました。
実は私、元旦に益田市の柿本神社に行くのは初めてのことなんです。
で、ビックリ
したのが…この行列!

益田市では滅多に見られないながさです…
柿本神社の拝殿に上がる階段から始まっています

全長60~70メートルはあったでしょうか?
こんな長い行列…最近の益田市では火曜日の「ゆめタウン益田(益田市高津七丁目21-12)」以外では…なかなか見ることができないのではないでしょうか
人麿さんもちょっとビックリしているような…「マジかよ…」って感じのお顔

私はただただ、平穏にこの益田市ですごさせていただけることに感謝です
帰りに柿本神社から見えた益田市の須子町方面…
高津川の名物の一つ「高角橋」と「大和紡績株式会社の関係会社の工場と煙突」
の風景です。

まさに昭和の香りがプンプンです!
それでは、今年もよろしくおねがいしマスダ!
今年はクオリティー重視
で益田市の様々な話題をとりあげていきたいと思います。(最近の益田市太郎かなり投稿ペースが落ちていますし
)本日は初詣ということで益田市の柿本神社へ行ってきました。
実は私、元旦に益田市の柿本神社に行くのは初めてのことなんです。
で、ビックリ
したのが…この行列!益田市では滅多に見られないながさです…
柿本神社の拝殿に上がる階段から始まっています
全長60~70メートルはあったでしょうか?
こんな長い行列…最近の益田市では火曜日の「ゆめタウン益田(益田市高津七丁目21-12)」以外では…なかなか見ることができないのではないでしょうか

人麿さんもちょっとビックリしているような…「マジかよ…」って感じのお顔

私はただただ、平穏にこの益田市ですごさせていただけることに感謝です

帰りに柿本神社から見えた益田市の須子町方面…
高津川の名物の一つ「高角橋」と「大和紡績株式会社の関係会社の工場と煙突」
の風景です。
まさに昭和の香りがプンプンです!
それでは、今年もよろしくおねがいしマスダ!
2009年09月05日
復刻版高津町誌で調べた益田市柿本神社の八朔祭について
先日9月1日益田市の柿本神社にて行われた「八朔祭」について、この前購入した【復刻版】高津町誌(島根縣美濃郡高津小学校 編)で調べてみました。
復刻版 高津町誌(一)(71ページ)によると
八朔祭
九月一日 八月朔日は人麿朝臣御生誕の日として古来祭祀鄭重を極めたるが、鎌倉時代より八月一日を八朔として武家の節句となし年中行事の重なるものとせらるゝに至り、この祭日に武家の武術奉納の事起り近代まで津和野藩より鄭重なる扱ひあり。流鏑馬の式盛んに行はれたるが、今は其弓術の妙技を見る能はずと雖も年々盛大に行はれ、地方第一の人出多きお祭にして参拝者常に三萬以上に達す。
復刻版 高津町誌(一)(71ページ)
第五節 神社佛閣
(一) 縣社 柿本神社(柿本神社の)祭日・特殊なる祭典行事より引用
【漢字の読み】
鄭重(丁重:ていちょう)、流鏑馬(やぶさめ)、雖も(いえども)
復刻版 高津町誌によると八朔は鎌倉時代に起源があり、「武家の節句」として位置づけれれていたことがわかります。だから、「流鏑馬(やぶさめ)」なんですね!
古き良き昭和の益田市を忍んで?セピア系で加工してみました…

もとの画像です(念のため)

で、凄いところが、益田市の八朔祭、「参拝者常に三萬以上」…30,000人以上が参拝していたというではないですか
かなり大きな祭りだということがわかります。
今の(巨大化した)益田市の人口が50,000人強(平成20年9月末日時点で51,718人:益田市ホームページより)
ですから…凄い集客力だったわけですね!益田市高津、柿本神社の八朔祭。
今年2009年の益田市高津の柿本神社の八朔祭の様子については…
>>益田市八朔祭り…流鏑馬(やぶさめ)の主役たち 投稿日2009年09月01日
>>八朔祭『流鏑馬(やぶさめ)2009』(益田市)に感じたリアル 投稿日2009年09月02日
でも取り上げていますよ!
(一般的な)八朔祭のいわれと果実のハッサクとの関係などについては
>>益田市高津の柿本神社の「八朔祭 」9月1日(旧暦の8月1日) 投稿日2009年09月01日
【へんしゅう後記】
今回の資料「復刻版高津町誌」買ってよかった!
これからも益田市特に高津地区に関する濃いコンテンツを提供しますぞ!
(そういえば、今回八朔祭の帰りに母親が「益田市の八朔祭、人が減ったね~昔はもっと人がウジャウジャおったんじゃけど…」と言っておりましたが、その記憶もまんざら間違いでもなかったようです。今から20~30年前、昭和の時代のほうがもっと多くの人が益田市の八朔祭には訪れていたんじゃないでしょうか?)
【MAP:益田市高津の柿本神社とその周辺】
復刻版 高津町誌(一)(71ページ)によると
八朔祭
九月一日 八月朔日は人麿朝臣御生誕の日として古来祭祀鄭重を極めたるが、鎌倉時代より八月一日を八朔として武家の節句となし年中行事の重なるものとせらるゝに至り、この祭日に武家の武術奉納の事起り近代まで津和野藩より鄭重なる扱ひあり。流鏑馬の式盛んに行はれたるが、今は其弓術の妙技を見る能はずと雖も年々盛大に行はれ、地方第一の人出多きお祭にして参拝者常に三萬以上に達す。
復刻版 高津町誌(一)(71ページ)
第五節 神社佛閣
(一) 縣社 柿本神社(柿本神社の)祭日・特殊なる祭典行事より引用
【漢字の読み】
鄭重(丁重:ていちょう)、流鏑馬(やぶさめ)、雖も(いえども)
復刻版 高津町誌によると八朔は鎌倉時代に起源があり、「武家の節句」として位置づけれれていたことがわかります。だから、「流鏑馬(やぶさめ)」なんですね!
古き良き昭和の益田市を忍んで?セピア系で加工してみました…

もとの画像です(念のため)
で、凄いところが、益田市の八朔祭、「参拝者常に三萬以上」…30,000人以上が参拝していたというではないですか

かなり大きな祭りだということがわかります。
今の(巨大化した)益田市の人口が50,000人強(平成20年9月末日時点で51,718人:益田市ホームページより)
ですから…凄い集客力だったわけですね!益田市高津、柿本神社の八朔祭。
今年2009年の益田市高津の柿本神社の八朔祭の様子については…
>>益田市八朔祭り…流鏑馬(やぶさめ)の主役たち 投稿日2009年09月01日
>>八朔祭『流鏑馬(やぶさめ)2009』(益田市)に感じたリアル 投稿日2009年09月02日
でも取り上げていますよ!
(一般的な)八朔祭のいわれと果実のハッサクとの関係などについては
>>益田市高津の柿本神社の「八朔祭 」9月1日(旧暦の8月1日) 投稿日2009年09月01日
【へんしゅう後記】
今回の資料「復刻版高津町誌」買ってよかった!
これからも益田市特に高津地区に関する濃いコンテンツを提供しますぞ!
(そういえば、今回八朔祭の帰りに母親が「益田市の八朔祭、人が減ったね~昔はもっと人がウジャウジャおったんじゃけど…」と言っておりましたが、その記憶もまんざら間違いでもなかったようです。今から20~30年前、昭和の時代のほうがもっと多くの人が益田市の八朔祭には訪れていたんじゃないでしょうか?)
【MAP:益田市高津の柿本神社とその周辺】
2009年09月02日
八朔祭『流鏑馬(やぶさめ)2009』(益田市)に感じたリアル
9月1日益田市では恒例の柿本神社八朔祭がありました。
私、益田市太郎は(なんと)生まれて初めて神事「流鏑馬(やぶさめ)」を観させていただきました。
「超速いです
」
早速ですが、私が昨日、(20枚中)唯一撮れた「的」を射た瞬間の画像です。(貴重です
)

清流高津川、高角橋近くの河川敷に設置された流鏑馬(やぶさめ)会場。現場でのお話によると、
54メートルごとに3つの的があり、走路全長は216メートル。その距離をわずか20秒程度で走り抜けるそうです。
つまり、あのウサイン・ボルト(Usain Bolt)が全力疾走したのとほぼ同じスピードだそうです。
(…ていうか、ウサイン・ボルトの凄さが(かえって)伝わってきた…)
夕方5時ごろ、日中の強い日差しは和らぎましたが、会場の高津川の河川敷では風は結構強く、「奉納 流鏑馬神事」の幟(のぼり)がバタバタと…緊張感ありました。

今回の益田市の八朔祭での「流鏑馬(やぶさめ)」…最大の理由(キーワード)は
(とある系列のプロボクシングではないけど)
ずばり!「リアル」です
「流鏑馬(やぶさめ)」って現場で観ることをお勧めします!

凄い「集中力」がいると思います。
あえて言うなら
「結構、『的』外れます!」…だからよりリアルなんですね!
だから「有難い」ものなんですよね
観ているだけでも「これ(流鏑馬(やぶさめ))って相当難しいぞ!」って実感できます。(TVで見ていると、いとも簡単にビシバシ「的(まと)」に命中しているように「編集」されていますが…実際は、訓練した人でもそうそう完璧に射ぬけるわけではないようです。)
だから、見事に「的」を射ぬいた時には、思わず皆の歓声があがります。
来年は、よい画像をお届けできるよう、貯金して新しいデジカメ…「パシャパシャ」撮れるのを準備したいと思いマスダ。あと津和野の流鏑馬(やぶさめ)も観たくなってきた(マジで!)
益田市の八朔祭当日、9月1日の午後に投稿した「お馬様(岡山から来たらしい)」
>>益田市八朔祭り…流鏑馬(やぶさめ)の主役たち 2009年09月01日投稿
のご帰還のようすです。(お疲れさまでした)

最後に2009年柿本神社八朔祭の参道のようす。
版画チックに仕上げてみました。

あと御馬様のご帰還シーン…これも版画チックに…

【MAP:2009年益田市柿本神社八朔祭での流鏑馬神事の会場…清流高津川河川敷 】
私、益田市太郎は(なんと)生まれて初めて神事「流鏑馬(やぶさめ)」を観させていただきました。
「超速いです
」早速ですが、私が昨日、(20枚中)唯一撮れた「的」を射た瞬間の画像です。(貴重です
)清流高津川、高角橋近くの河川敷に設置された流鏑馬(やぶさめ)会場。現場でのお話によると、
54メートルごとに3つの的があり、走路全長は216メートル。その距離をわずか20秒程度で走り抜けるそうです。
つまり、あのウサイン・ボルト(Usain Bolt)が全力疾走したのとほぼ同じスピードだそうです。
(…ていうか、ウサイン・ボルトの凄さが(かえって)伝わってきた…)
夕方5時ごろ、日中の強い日差しは和らぎましたが、会場の高津川の河川敷では風は結構強く、「奉納 流鏑馬神事」の幟(のぼり)がバタバタと…緊張感ありました。
今回の益田市の八朔祭での「流鏑馬(やぶさめ)」…最大の理由(キーワード)は
(とある系列のプロボクシングではないけど)
ずばり!「リアル」です

「流鏑馬(やぶさめ)」って現場で観ることをお勧めします!
凄い「集中力」がいると思います。
あえて言うなら
「結構、『的』外れます!」…だからよりリアルなんですね!
だから「有難い」ものなんですよね

観ているだけでも「これ(流鏑馬(やぶさめ))って相当難しいぞ!」って実感できます。(TVで見ていると、いとも簡単にビシバシ「的(まと)」に命中しているように「編集」されていますが…実際は、訓練した人でもそうそう完璧に射ぬけるわけではないようです。)
だから、見事に「的」を射ぬいた時には、思わず皆の歓声があがります。
来年は、よい画像をお届けできるよう、貯金して新しいデジカメ…「パシャパシャ」撮れるのを準備したいと思いマスダ。あと津和野の流鏑馬(やぶさめ)も観たくなってきた(マジで!)

益田市の八朔祭当日、9月1日の午後に投稿した「お馬様(岡山から来たらしい)」
>>益田市八朔祭り…流鏑馬(やぶさめ)の主役たち 2009年09月01日投稿
のご帰還のようすです。(お疲れさまでした)
最後に2009年柿本神社八朔祭の参道のようす。
版画チックに仕上げてみました。
あと御馬様のご帰還シーン…これも版画チックに…

【MAP:2009年益田市柿本神社八朔祭での流鏑馬神事の会場…清流高津川河川敷 】
2009年09月01日
益田市八朔祭り…流鏑馬(やぶさめ)の主役たち
今日の益田市柿本神社の八朔祭り(14:00頃)の様子を見てきました。
(やはり駐車場は厳しそうで、17:00からといわれる流鏑馬(やぶさめ)を観るためには、万葉公園の駐車場から歩いて行くのが無難かもと思いました。)
益田市の柿本神社の下の広場にはなんと!今日の流鏑馬(やぶさめ)の主役の馬達が出陣の準備(休息?)をしておりましたぞ

こういう出陣前のシーンは(当然)初めて見たわけで…地味に感動した!
わしが益田市に戻ったときには、すでに益田市営競馬場はなくなっており、ナマのお馬様を見るのは本当に久しぶりじゃ。
わしは競馬はせんのじゃが(やらないのですが)馬は本当にかっこいいのう
!
アップで一枚!

今日の主役の御馬様!頑張って益田市民に鋭気を与えてくれ!
あっ、あと、八朔祭り…露店が並ぶ通りの様子も絵的に表現してみました。

普段は、寂しげなこの通りも、今日は(本当に)かなり多くの親子連れの方々で賑わっとるぞ!益田市でのこういう光景も久々にみたのう…なんだか昭和の空気を感じさせる…益田市はまだまだ昭和の雰囲気がいっぱいありますね。
夕方の流鏑馬(やぶさめ)本番が楽しみじゃ!
【参照】
ちなみに流鏑馬(やぶさめ)については津和野町が有名ですね!
津和野町の鷲原八幡宮での、無形民俗文化財「流鏑馬(やぶさめ)神事」については
>>流鏑馬神事で有名な鷲原八幡宮の楼門を見る 2009年04月16日
でふれております。(何かの参考になれば…)
(やはり駐車場は厳しそうで、17:00からといわれる流鏑馬(やぶさめ)を観るためには、万葉公園の駐車場から歩いて行くのが無難かもと思いました。)
益田市の柿本神社の下の広場にはなんと!今日の流鏑馬(やぶさめ)の主役の馬達が出陣の準備(休息?)をしておりましたぞ

こういう出陣前のシーンは(当然)初めて見たわけで…地味に感動した!
わしが益田市に戻ったときには、すでに益田市営競馬場はなくなっており、ナマのお馬様を見るのは本当に久しぶりじゃ。
わしは競馬はせんのじゃが(やらないのですが)馬は本当にかっこいいのう
!アップで一枚!
今日の主役の御馬様!頑張って益田市民に鋭気を与えてくれ!
あっ、あと、八朔祭り…露店が並ぶ通りの様子も絵的に表現してみました。
普段は、寂しげなこの通りも、今日は(本当に)かなり多くの親子連れの方々で賑わっとるぞ!益田市でのこういう光景も久々にみたのう…なんだか昭和の空気を感じさせる…益田市はまだまだ昭和の雰囲気がいっぱいありますね。

夕方の流鏑馬(やぶさめ)本番が楽しみじゃ!
【参照】
ちなみに流鏑馬(やぶさめ)については津和野町が有名ですね!
津和野町の鷲原八幡宮での、無形民俗文化財「流鏑馬(やぶさめ)神事」については
>>流鏑馬神事で有名な鷲原八幡宮の楼門を見る 2009年04月16日
でふれております。(何かの参考になれば…)
2009年09月01日
益田市高津の柿本神社の「八朔祭 」9月1日(旧暦の8月1日)
9月1日。益田市の高津柿本神社では『八朔祭』があります。
石見神楽や流鏑馬(やぶさめ)の奉納があるそうです。(流鏑馬(やぶさめ)の会場は清流高津川の河川敷。
昨日、高角橋から見たんですが、一直線の馬場が整然と準備されておりました!)
私はこれまで益田市の『八朔祭』には1回(しかも四半世紀前…ううっ!)だけなので、かなり楽しみです。
特に流鏑馬(やぶさめ)は。
9月1日全国各地でおこなわれる『八朔祭』…子どもの時分には単なる「お祭り」だったわけですが、
今年は私、益田市帰郷初の『八朔祭』ということもあり、『八朔祭』について調べてみることにしました。
八朔(はっさく)とは八月朔日の略で、旧暦の8月1日のことだそうです。八朔祭は豊作祈願のお祭のようですね。(以下ご参照)
※ちなみにミカン科の「ハッサク (学名:Citrus hassaku)」と「八朔」の関係なんですが…、毎年「八朔の時期」ごろから食べられるようになったことから名付けられたそうですよ。
(実は、ワシはこどもの頃は、『八朔祭』はハッサクの収穫祭かと思っておったぞ
)
ちなみに、googleで「益田市 八朔祭」で検索したところ、一番最初に、今年の益田市の八朔祭に関する情報がまとめられておったのがこのサイト。次は、るるぶ、eventpage.jpであった??
駐車場の情報などが把握できない状況で…
まぁ、(今日ぐらい)「歩いてこい!」と人麿さんもいっとるんじゃろうか
旅するオトナの総合旅行サイト「プチたび」に掲載されていた益田市の八朔祭に関する情報
>>益田市の高津柿本神社で『八朔祭』
2009年9月1日(火)、益田市の高津柿本神社で『八朔祭』が開催される。祭神の柿本人麻呂の誕生日である陰暦8月1日(八朔)を祝って行われる豊作祈願の祭り。柿本神社に向かう参道に露店がぎっしり並び石見神楽や流鏑馬の奉納も予定されている。流鏑馬神事は、17:00~高津川河川敷、高角橋のたもとの特設馬場で。石見神楽の上演は10:00~20:00、上吉田保存会により野外音楽堂で。…
※益田市の柿本人麿神社の「八朔祭 」流鏑馬(やぶさめ)会場あたりをマップトラックバックしておきますネ!
石見神楽や流鏑馬(やぶさめ)の奉納があるそうです。(流鏑馬(やぶさめ)の会場は清流高津川の河川敷。
昨日、高角橋から見たんですが、一直線の馬場が整然と準備されておりました!)
私はこれまで益田市の『八朔祭』には1回(しかも四半世紀前…ううっ!)だけなので、かなり楽しみです。
特に流鏑馬(やぶさめ)は。
9月1日全国各地でおこなわれる『八朔祭』…子どもの時分には単なる「お祭り」だったわけですが、
今年は私、益田市帰郷初の『八朔祭』ということもあり、『八朔祭』について調べてみることにしました。
八朔(はっさく)とは八月朔日の略で、旧暦の8月1日のことだそうです。八朔祭は豊作祈願のお祭のようですね。(以下ご参照)
この頃、早稲の穂が実るので、農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が古くからあった。このことから、田の実の節句ともいう。この「たのみ」を「頼み」にかけ、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている(頼み合っている)人に、その恩を感謝する意味で贈り物をするようになった。
京都市東山区の祇園一帯など花街では、新暦8月1日に芸妓や舞妓がお茶屋や芸事の師匠宅へあいさつに回るのが伝統行事になっている。
また、徳川家康が天正18年8月1日(グレゴリオ暦1590年8月30日)に初めて公式に江戸城に入城したとされることから、江戸幕府はこの日を正月に次ぐ祝日としていた。
明治改暦以降は、新暦8月1日や月遅れで9月1日に行われるようになった。
二百十日・二百二十日とともに台風襲来の特異日とされている。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
※ちなみにミカン科の「ハッサク (学名:Citrus hassaku)」と「八朔」の関係なんですが…、毎年「八朔の時期」ごろから食べられるようになったことから名付けられたそうですよ。
(実は、ワシはこどもの頃は、『八朔祭』はハッサクの収穫祭かと思っておったぞ
)ちなみに、googleで「益田市 八朔祭」で検索したところ、一番最初に、今年の益田市の八朔祭に関する情報がまとめられておったのがこのサイト。次は、るるぶ、eventpage.jpであった??
駐車場の情報などが把握できない状況で…
まぁ、(今日ぐらい)「歩いてこい!」と人麿さんもいっとるんじゃろうか

旅するオトナの総合旅行サイト「プチたび」に掲載されていた益田市の八朔祭に関する情報
>>益田市の高津柿本神社で『八朔祭』
2009年9月1日(火)、益田市の高津柿本神社で『八朔祭』が開催される。祭神の柿本人麻呂の誕生日である陰暦8月1日(八朔)を祝って行われる豊作祈願の祭り。柿本神社に向かう参道に露店がぎっしり並び石見神楽や流鏑馬の奉納も予定されている。流鏑馬神事は、17:00~高津川河川敷、高角橋のたもとの特設馬場で。石見神楽の上演は10:00~20:00、上吉田保存会により野外音楽堂で。…
※益田市の柿本人麿神社の「八朔祭 」流鏑馬(やぶさめ)会場あたりをマップトラックバックしておきますネ!
2009年04月12日
益田市の柿本神社をじっくり拝見(その1 鳥居~楼門編)
益田市の高津町にあり、島根県の文化財の柿本神社(かきのもと神社)を画像を中心にご案内します。
柿本神社は益田市の高津町にあり、万葉の歌人である柿本人麿(かきのもとひとまろ)をまつっている神社です。
柿本人麿は、天武天皇、持統天皇、文武天皇朝に宮廷歌人として仕えられ、神亀元年(724年)、益田市沖にあったという鴨島という島で亡くなられたといいます。
(益田市の柿本神社の歴史に関しては、今年6月に復刻出版される(という)益田市の歴史を堪能する上で、
まさに「これぞ、至宝の書!」と噂される「高津町誌」
をもとに再度、現地ルポとあわせてかなりマニアックに特集したいと思っています。
)
さて、まずは柿本神社の入口の鳥居です。
(上方に見えるのが今回、主にご案内することになる「柿本神社楼門(ろうもん)」になります)

おおっ!偶然ですが…白い影!まるで人麿さんが人々に歌を詠み聞かせるに映っとるではないですか
そして本殿、拝殿に向かう石段の中ほどに建立されているのが柿本神社楼門(ろうもん)です。
楼門(ろうもん) とは、2階建てで1重目には縁のみを持ち、最上重に屋根を持つもの。楼門は、二階造りの門のことで、二重門も本来は楼門といった。2重の屋根のあるものとそうでないものがあるため現在は、楼門と二重門に分類されている(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

楼門というものは、神聖な神社への出入口になるので、かなり入念に造られているそうです。この楼門の傍に「柿本神社楼門由緒」という説明看板がありました。

やはり益田市を代表する歴史的建造物であることは間違いありませんね!かなりの歴史と由緒があるようです。

※太字、赤字強調は益田太郎による。
まさに匠の技による豪華なつくりの楼門ですね
【関連記事】
>>著莪 (しゃが)が咲く柿本神社(2009年4月9日)
>>人形岩の謎(益田市飯浦町)(2009年2月16日)
柿本神社は益田市の高津町にあり、万葉の歌人である柿本人麿(かきのもとひとまろ)をまつっている神社です。
柿本人麿は、天武天皇、持統天皇、文武天皇朝に宮廷歌人として仕えられ、神亀元年(724年)、益田市沖にあったという鴨島という島で亡くなられたといいます。
(益田市の柿本神社の歴史に関しては、今年6月に復刻出版される(という)益田市の歴史を堪能する上で、
まさに「これぞ、至宝の書!」と噂される「高津町誌」
をもとに再度、現地ルポとあわせてかなりマニアックに特集したいと思っています。
)さて、まずは柿本神社の入口の鳥居です。
(上方に見えるのが今回、主にご案内することになる「柿本神社楼門(ろうもん)」になります)
おおっ!偶然ですが…白い影!まるで人麿さんが人々に歌を詠み聞かせるに映っとるではないですか

そして本殿、拝殿に向かう石段の中ほどに建立されているのが柿本神社楼門(ろうもん)です。
楼門(ろうもん) とは、2階建てで1重目には縁のみを持ち、最上重に屋根を持つもの。楼門は、二階造りの門のことで、二重門も本来は楼門といった。2重の屋根のあるものとそうでないものがあるため現在は、楼門と二重門に分類されている(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
楼門というものは、神聖な神社への出入口になるので、かなり入念に造られているそうです。この楼門の傍に「柿本神社楼門由緒」という説明看板がありました。
やはり益田市を代表する歴史的建造物であることは間違いありませんね!かなりの歴史と由緒があるようです。
<以下、柿本神社楼門由緒より引用>
現在の柿本神社は、津和野藩主亀井茲政が、延宝9年(1681)、高角山に本殿、拝殿、楼門を建立したことから始まる。楼門は神聖な神社への出入口で、殊に入念に建造されている。これは偏に津和野藩主亀井茲政の崇敬が、篤かったことが伺える。
この楼門は、初層と上層からなり、二層とも桁行3間、梁間1.5間の三間楼門で、屋根は瓦葺きの入母屋造りである。上層には四方に切り目縁の床を張った廻縁を付け。勾欄を組み、組物は出組で、蝦尾を思わせるこぶし鼻と、柱頭の装飾的な木鼻が特徴的な折衷様式の門である。
※太字、赤字強調は益田太郎による。
まさに匠の技による豪華なつくりの楼門ですね

【関連記事】
>>著莪 (しゃが)が咲く柿本神社(2009年4月9日)
>>人形岩の謎(益田市飯浦町)(2009年2月16日)
2008年12月31日
ミラクル柿本神社(益田市)
今宵はじけています!柿本神社(益田市)
長谷川章(はせがわあきら)プレゼンツ デジタル掛軸 LIVE IN MASUDA
長谷川章先生のプロフィールはこちら>>デジタル掛け軸 d-k Nippon 日本...
普段見慣れている益田市の柿本神社が大晦日の夜、全く違う景色に…見に来た人全員、感動の声が。

しかも、刻々と景色が変化します。いったいどれぐらいのバリエーションがあるのでしょうか?
長谷川先生の他の作品を見たい方は>>那谷寺.気多大社神社、新湊港、尾山神社他(探してみてください)
サイト名:デジタル掛け軸 d-k Nippon 日本...

これも!これも!

そして、これも!手ぶれがおきているためこんな画像に…でもこれもまた景色かな

ワンダフル!…ほかになんて言えばいいんじゃ
皆さん!よいお年を!!
長谷川章(はせがわあきら)プレゼンツ デジタル掛軸 LIVE IN MASUDA
長谷川章先生のプロフィールはこちら>>デジタル掛け軸 d-k Nippon 日本...
普段見慣れている益田市の柿本神社が大晦日の夜、全く違う景色に…見に来た人全員、感動の声が。
しかも、刻々と景色が変化します。いったいどれぐらいのバリエーションがあるのでしょうか?
長谷川先生の他の作品を見たい方は>>那谷寺.気多大社神社、新湊港、尾山神社他(探してみてください)
サイト名:デジタル掛け軸 d-k Nippon 日本...
これも!これも!
そして、これも!手ぶれがおきているためこんな画像に…でもこれもまた景色かな
ワンダフル!…ほかになんて言えばいいんじゃ

皆さん!よいお年を!!
2008年12月31日
DK光の祭典「柿本神社」LIVEが始まっています
柿本神社でついにはじまりました!お約束通り、いち早くアップです
デジタル掛軸って日頃当たり前のように柿本神社を見ている人、益田太郎も含め地元の人ほど、すごく変化を感じるので感動が大きいような…気が。ヒトマルさん(柿本人麿公)も、年越しは派手めになりましたね。
デジタル掛軸 LIVE in MASUDA 光の祭典について詳しくは…
益田市公式サイトより>>デジタル掛軸 LIVE in MASUDA 光の祭典
長谷川章(はせがわあきら)プレゼンツ デジタル掛軸 LIVE IN MASUDA
とにかく見てください!Waoooh

ナナ何と!
色彩や色調、デザインが…刻々と変化するんです。

柿本神社の入り口、最初の建物にもDKが…

※石段(階段)がちょっと暗いので懐中電灯とか持って行った方がいいかもしれません。
【デジタル掛軸 LIVE in MASUDA 光の祭典 今後の日程と場所】
12月31日 (水曜日) 高津柿本神社
1月1日 (木曜日) 萬福寺
1月2日 (金曜日) グラントワ
※各日とも日没より上映
主催:石見ふるさと応援団実行委員会

デジタル掛軸って日頃当たり前のように柿本神社を見ている人、益田太郎も含め地元の人ほど、すごく変化を感じるので感動が大きいような…気が。ヒトマルさん(柿本人麿公)も、年越しは派手めになりましたね。
デジタル掛軸 LIVE in MASUDA 光の祭典について詳しくは…
益田市公式サイトより>>デジタル掛軸 LIVE in MASUDA 光の祭典
長谷川章(はせがわあきら)プレゼンツ デジタル掛軸 LIVE IN MASUDA
とにかく見てください!Waoooh

ナナ何と!
色彩や色調、デザインが…刻々と変化するんです。柿本神社の入り口、最初の建物にもDKが…
※石段(階段)がちょっと暗いので懐中電灯とか持って行った方がいいかもしれません。
【デジタル掛軸 LIVE in MASUDA 光の祭典 今後の日程と場所】
12月31日 (水曜日) 高津柿本神社
1月1日 (木曜日) 萬福寺
1月2日 (金曜日) グラントワ
※各日とも日没より上映
主催:石見ふるさと応援団実行委員会



