2009年02月16日
人形岩の謎(益田市飯浦町)
益田太郎が選ぶ益田市の(プチ)秘境シリーズ(今日はまじめにいきます…多分
)
益田市飯浦町(いいのうら町)の「人形岩」は昨年、同シリーズ「人形峠(じんぎょう峠)」編でとりあげました。
詳しくは>>人麿さんを探せ人形峠でアハ体験(益田市飯浦町)(2008.12.28)
今回、「人形岩」をより大きく鮮明に撮影することに成功しました(笑)

本体が黒色、肩から腰にかけて白っぽい茶の着物を羽織っている…柿本人麿さんがくつろいでいる雰囲気がつたわりませんか?(足の部分や…耳にはイヤリングみたいなものも!?…なんとなくセクシーポーズ
だし…もしかして…オネエ系!?)
ちょっとズームを引いた「人形岩」です。高さは海面から頭のてっぺんまでで7.8メートルといいます。

今回「人形岩」のベストビューポイントを発見しました。
実は今回にして初めて気が付きました「人形岩眺望所」の存在。

さて、ここからが謎のはじまりです。
この案内看板によると益田市飯浦町の「人形岩」には
①にんぎょう岩
②じんぎょう岩
の2通りの「読み」が記述されているではありませんか
ここ「人形峠」は「じんぎょう峠」と正式に(多分)呼ばれているので…わたくし的には「じんぎょう岩」と読むんだろうなぁ…と地味に考察していますが…
それにしても、
最初はおそらく「じん」となっていたところを「にん」を貼り付け、再び「じん」を並列に貼り付けた様子がわかりますよね!(益田市民間で)「地味だけど熱心なバトルをやっとるの~!」と地味に感動しました。謎は残りましたが…
)益田市飯浦町(いいのうら町)の「人形岩」は昨年、同シリーズ「人形峠(じんぎょう峠)」編でとりあげました。
詳しくは>>人麿さんを探せ人形峠でアハ体験(益田市飯浦町)(2008.12.28)
今回、「人形岩」をより大きく鮮明に撮影することに成功しました(笑)
本体が黒色、肩から腰にかけて白っぽい茶の着物を羽織っている…柿本人麿さんがくつろいでいる雰囲気がつたわりませんか?(足の部分や…耳にはイヤリングみたいなものも!?…なんとなくセクシーポーズ
だし…もしかして…オネエ系!?)ちょっとズームを引いた「人形岩」です。高さは海面から頭のてっぺんまでで7.8メートルといいます。
今回「人形岩」のベストビューポイントを発見しました。
実は今回にして初めて気が付きました「人形岩眺望所」の存在。
さて、ここからが謎のはじまりです。
この案内看板によると益田市飯浦町の「人形岩」には
①にんぎょう岩
②じんぎょう岩
の2通りの「読み」が記述されているではありませんか

ここ「人形峠」は「じんぎょう峠」と正式に(多分)呼ばれているので…わたくし的には「じんぎょう岩」と読むんだろうなぁ…と地味に考察していますが…
それにしても、
最初はおそらく「じん」となっていたところを「にん」を貼り付け、再び「じん」を並列に貼り付けた様子がわかりますよね!(益田市民間で)「地味だけど熱心なバトルをやっとるの~!」と地味に感動しました。謎は残りましたが…
2008年12月28日
人麿さんを探せ人形峠でアハ体験(益田市飯浦町)
益田太郎による益田市の秘境(プチ秘境)シリーズ第二弾。
(※過去記事はコチラ>>益田市の秘境シリーズ一覧)
飯浦町(いいのうら町)の人形峠(じんぎょうとうげ)の3回目。
早速ですが、この人形峠の断がい絶壁から海をのぞむと、変わった形の大きな岩がいくつか見られます。
さて、この画像、この中に益田市ゆかりの有名人のお一人
歌の聖の柿本人麿公(地元では一丸さん(ひとまるさん))がおられるそうです。
わかりますか?

わからなかった方のために…解答です。

どうですか?「アハ体験」できました? (たとえ探せなくても探そうとすることが脳にいいらしいです
)
最後に「おまけ」のサービスショット?


ちょっと波の効果でセクシー
に撮れました。これでアハン体験もできたわけ
人麿さんありがとう!そしてゴメンナサイ!
MAP:人形峠(益田市飯浦町)で人麿さんの「アハ体験」ができるスポット(追記内にあります)
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(※過去記事はコチラ>>益田市の秘境シリーズ一覧)
飯浦町(いいのうら町)の人形峠(じんぎょうとうげ)の3回目。
早速ですが、この人形峠の断がい絶壁から海をのぞむと、変わった形の大きな岩がいくつか見られます。
さて、この画像、この中に益田市ゆかりの有名人のお一人
歌の聖の柿本人麿公(地元では一丸さん(ひとまるさん))がおられるそうです。
わかりますか?わからなかった方のために…解答です。
どうですか?「アハ体験」できました? (たとえ探せなくても探そうとすることが脳にいいらしいです
)最後に「おまけ」のサービスショット?

ちょっと波の効果でセクシー
に撮れました。これでアハン体験もできたわけ
人麿さんありがとう!そしてゴメンナサイ!

MAP:人形峠(益田市飯浦町)で人麿さんの「アハ体験」ができるスポット(追記内にあります)
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2008年12月28日
益田の人形峠で「感謝」再考…人形道碑
益田市の人形峠(じんぎょう峠) 参照記事>>人形峠(じんぎょう峠) 益田市飯浦町
その最高地点の「駕籠立(かごたて)」から飯浦港とは反対方面へ少し下っていくとこんな案内板がありました。
これが益田太郎自身、最近忘れかけたいたこと…「感謝」の気持ち…に関する教訓的な内容だったので掲載しておきます。

そして全文引用もしておきます。 (改行、太字・着色強調は益田太郎によるものです)
益田太郎的に要約するとこうじゃ(ろうと思う)
「喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる」ようじゃあ駄目なんじゃ!あの時の感謝の気持ちを忘れるな!ちゅうことじゃろう…
建設機械、バックホー(俗にいうユンボ)やブルドーザーなどの重機などない時代…しかもこの場所(現場)は難工事であったに違いない。しかも中島庄屋様個人による公のための事業じゃったと…
(…サバイバル、たたきあいの低入札で…仕事とってから
どうしようと悩む悪友のスーパーゼネコンの部長に聞かせてやりたいもんじゃ…関東での話じゃが…ドバイがヤバイ)
具体的に画像で検証してみよう。
この道(人形道)の駕籠立(赤矢印)よりももっと上を昔の人は通行するしかなかった…

こりゃー確かに難儀じゃろうてェ…頂上(青矢印)までゆうに3倍以上は登らんといかんわけじゃし…
【もう一度、「喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる」ようじゃあ駄目なんじゃ!】
今では、この道、人形道も通行量もわずか。
なぜなら、この峠には「人形トンネル」が通っているから。
ところで「人形トンネル」のありがたさなんて…感じたことがあろうか?
「人形トンネル」だってできたころ(確か益田太郎が小学生のころ)時間的にも安全的にも格段に便利になった…そして益田市、山陰地方の流通の発展にも貢献したはず。
(思い出したが…)人形トンネルができる前は、人形峠を超える途中、バスと「はち合わせ」…すれ違うために断崖ぎりぎりまで車を寄せて…はるか下は荒れ狂う日本海

…そりゃもう…ただ乗っとるだけでビビったもんじゃ
…そんなこととうの昔に忘れておったのう
『喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる』…ではダメじゃ。あの感謝の気持ちを忘れるな!
年末、この一年、いや自分のこれまでの人生を振り返り、再度、自分に言い聞かせよう
その最高地点の「駕籠立(かごたて)」から飯浦港とは反対方面へ少し下っていくとこんな案内板がありました。
これが益田太郎自身、最近忘れかけたいたこと…「感謝」の気持ち…に関する教訓的な内容だったので掲載しておきます。
そして全文引用もしておきます。 (改行、太字・着色強調は益田太郎によるものです)
人形道碑 (訳)東京作詞家 伊吹とおる
道はもと山の頂上にあって、非常に険しく、往来する人達にとっては、誠に難儀なことでありました。
庄屋、中島正喜は、その事を大変心配し、ひとつこれはなんとかしようと思い立ち、公の仕事として、人々を動員し、工事にかかりました。弘化三年(一八四六)冬から嘉永元年(一八四八)夏までかかって、道を現在地に移す工事を仕上げたのです。
今ではこの道を往来する人々は何の苦労もありません。以前の山道を知っていた人たちも、何かのはずみで、そのことを忘れてしまい、しかも中島庄屋を初めとする、力役に参加した人々の功績を知らないなど、まことに残念なことであります。
そこで、碑にそのことを刻み、残したいと思います。
山を切り開いて、道を移したというその効果、現在、人々が何の苦労も知らず往来できるという現実として現われていることは、仁(いつくしみ)というものは、剣よりも鋭く強いものであるということを知るべきだと思います。
中島庄屋とその労務に参加し労働を提供した人々の功績は忘れてはならないものであります。
良く心の中の眼のくらみをはらって、もう一度その功績というものをみつめようではありませんか。
明治十五年一月立碑 飯塚正おり書
益田太郎的に要約するとこうじゃ(ろうと思う)
「喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる」ようじゃあ駄目なんじゃ!あの時の感謝の気持ちを忘れるな!ちゅうことじゃろう…
建設機械、バックホー(俗にいうユンボ)やブルドーザーなどの重機などない時代…しかもこの場所(現場)は難工事であったに違いない。しかも中島庄屋様個人による公のための事業じゃったと…

(…サバイバル、たたきあいの低入札で…仕事とってから
どうしようと悩む悪友のスーパーゼネコンの部長に聞かせてやりたいもんじゃ…関東での話じゃが…ドバイがヤバイ)具体的に画像で検証してみよう。
この道(人形道)の駕籠立(赤矢印)よりももっと上を昔の人は通行するしかなかった…
こりゃー確かに難儀じゃろうてェ…頂上(青矢印)までゆうに3倍以上は登らんといかんわけじゃし…
【もう一度、「喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる」ようじゃあ駄目なんじゃ!】
今では、この道、人形道も通行量もわずか。
なぜなら、この峠には「人形トンネル」が通っているから。
ところで「人形トンネル」のありがたさなんて…感じたことがあろうか?
「人形トンネル」だってできたころ(確か益田太郎が小学生のころ)時間的にも安全的にも格段に便利になった…そして益田市、山陰地方の流通の発展にも貢献したはず。
(思い出したが…)人形トンネルができる前は、人形峠を超える途中、バスと「はち合わせ」…すれ違うために断崖ぎりぎりまで車を寄せて…はるか下は荒れ狂う日本海

…そりゃもう…ただ乗っとるだけでビビったもんじゃ
…そんなこととうの昔に忘れておったのう

『喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる』…ではダメじゃ。あの感謝の気持ちを忘れるな!
年末、この一年、いや自分のこれまでの人生を振り返り、再度、自分に言い聞かせよう
2008年12月27日
人形峠(じんぎょう峠) 益田市飯浦町
益田市の秘境(プチ秘境)シリーズ 其ノ二
飯浦(いいのうら)町の人形峠です。人形は「じんぎょう」と読みます。
日本海に臨む断崖(だんがい)絶壁。
画像は人形峠(じんぎょう峠)の車で行ける最高地点「駕籠立(かごたて)」断崖上から撮影したもの…

12月24日この日の日本海は荒れ模様。
迫力あるシーンがとれました。

日本海の荒波が凄い!それを迎えうつ岩も凄い!そしてなにより、
こんな激しい環境で育っている松の木はもっと凄い!(って思わん?
)
強風の中、決死の?撮影をしたところがここ(矢印地点)

(画像手前をはしる線路は山陰本線です)
今回の撮影場所「駕籠立(かごたて)」…地名の由来を説明する看板がありました。

なんと、ここ(駕籠立)は益田十景の一つ。
MAP:人形峠(じんぎょうとうげ)益田市飯浦町(いいのうら町)は追記ページです。
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飯浦(いいのうら)町の人形峠です。人形は「じんぎょう」と読みます。
日本海に臨む断崖(だんがい)絶壁。
画像は人形峠(じんぎょう峠)の車で行ける最高地点「駕籠立(かごたて)」断崖上から撮影したもの…
12月24日この日の日本海は荒れ模様。
迫力あるシーンがとれました。
日本海の荒波が凄い!それを迎えうつ岩も凄い!そしてなにより、
こんな激しい環境で育っている松の木はもっと凄い!(って思わん?
)強風の中、決死の?撮影をしたところがここ(矢印地点)
(画像手前をはしる線路は山陰本線です)
今回の撮影場所「駕籠立(かごたて)」…地名の由来を説明する看板がありました。
なんと、ここ(駕籠立)は益田十景の一つ。
MAP:人形峠(じんぎょうとうげ)益田市飯浦町(いいのうら町)は追記ページです。
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